2.人間

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2.人間

帝国暦150年3月。 南の庭で花桃が咲き乱れる頃、帝国政府通信部機構課にて新技術が誕生した。 「“ヴァーチャルリアリティにサブリメーション”…?」 「テレビにゲーム…これ元ネタ分かる人居るのか?」 開発の主担当はスツェルニーのヴァルサー。 帝国立コンピュータプログラム専攻で、帝国政府で使う全てのコンピュータプログラムの改良・開発を行っている。それ以外ではハッカーとして動く諜報員だが、最近そちらの出番は少ない様だ。 そして、リノクのマサト以下19名が卒業した某高校の臨時講師だった人でもあった。 「先生、おめでとうございまーす!!」 あの時お世話になった生徒達は発表のあった次の日、リアル・SNS上で集まり、簡単な祝賀会を行った。 「中身は居酒屋パーリィだけどな!」 「誰だカップ麺を持ち込んだヤツは、躾けてやる。」 「ソコでなんでオレを見るんですかセンセー?!」 そうして飲食が参加者の腹に回ってきた頃、 《先生、具体的にどういう技術なんですか?》 リノクのアサヒはSNSから早速質問を飛ばしてきた。 「仮想現実に自分を遺す、これが基本理念だ。  …帝国民は死んだ後、どうなるか知っているか?」 《遺体は火葬の上、喉仏はクワモス区の永大供養塔へ保管。  それ以外の骨は最終居住区の大地へ散布。  帝国政府および役場で記録した個人情報は、  クワモス区役所の専用保管サーバーへ保管。》 「そう、死んだ後は記録にしか残らない。それも、個人の全てを記録できる  訳ではない、一度仕舞えば誰も顧みない記録の保管庫へ…  帝国民(わたしたち)の最期は、それでいいのだろうか。」 先生は続けた。 「それで、個人の全てをネットワークにコピーする事を考えた。  最も困難とされる、性格や人格、好き嫌いといった心の動きは、  神経系でやりとりされる電気信号で出来ている。  この動きがある程度規則的ならば、コピペして再現可能という事になり、  日常生活を送る限りある程度人間の活動はルーティン化される。  先ずはルーティン化された活動をコピーして、  そこから更に学習とコピーを繰り返せば、100%に近づけると思う。  現時点ではこのニューロチップを飲んで貰わないと成功しないが、  これで人間の思考処理能力向上、人工知能の新設、  自律人形(アンドロイド)の改良、エレクトロスフィアの再現  に向けた更なる開発が可能となった。」 「要は電脳化だよな、攻殻機動隊の。」 「エースコンバット3も入ってるね。」 いずれも有名な漫画およびテレビゲームだ。 帝国民は古の時代に遺された物の中でも“娯楽〈Variety〉”に分類されそうな物を好んでいた。メディアミックス…漫画・アニメ・ゲーム、そして、ソレに出てくる画期的な設定達の再現開発は、その最たる行いだ。 今回の発明も、その1つが開花したに過ぎない。 「つー事は脳味噌がアップグレードされるから、  義肢とか通信分野の性能も向上できそうだな。」 《最終的には自律人形に人格コピーして第二の人生とかヤバくね?  Foo!自分で言って面白くなってきた》 《“電脳ロビー”・“自律人形”の貸出、義肢の整備スタンド、全身義体化した  人の為の仮想食…ウケそうなネタはこんな所かな。  前者はSNSの大元が先に作りそうだけど。》 ファスタラヴィアのコージ・サルートのタカハル・ヴァルトリピカのソリトンは、真面目にこれからの話を考えていた。 「なにそれすごい。」 「え?じゃあ年取ってもスポーツ出来るって事か?!乗る!乗る!!」 ヴァスカンダのアスナは、素直に賞賛していた。 ファスタラヴィアのヒデヨリに至っては既に乗り気だ。 「ふにー…?」 《タカハル、それだと老害が量産されるだけじゃないか?》 《老害!!》 ヴァルトリピカのユリと(同)セドリックは、相変わらずだった。 タカハルは楽しそうに会話を続けた。 《…だがどうだろう。人間の脳と電脳は、必ずしもイコールで繋げられる  だろうか?先生、そこどうなんすか??》 「攻殻機動隊の電脳は、  ①神経細胞とマイクロマシンが結合するという前提  ②脳含む頭部に膨大な量のマイクロマシンを安全に注入する技術  ③大量のマイクロマシンに対して人体が順応する  この3つの条件が揃って初めて成立するのであって…  本当に攻殻機動隊の電脳が再現出来るかどうかは、試験しない事には  分からん。今出来上がった技術は“人格を仮想現実にコピーする技術”  であって“インターネットにダイブする”技術ではない。」 《て事はノットイコールだな。そういう事なら、人間の脳は加齢と共に  電脳の処理速度に耐えられなくなるんじゃないかな。  それで老人はネットから淘汰される。  だから老害は、今より増えるかもしれないが、減らない事はない。》 「それは、そうだろうとしか今は言えない…  だが、この技術とインターネットの可能性は無限大だ。利用出来るなら  是非利用して欲しい。私は死者を記録するという観点から考えてみたが、  その昔に見たエレクトロスフィアの様に、インターネットの世界を  自由自在に飛んでみたい事も確かなんだ…」 (ちょっとまって。) 《先生、例の技術はもう実用段階なんすか。》 「そうだな、一般試験の段階には来た。  希望者が居れば、ニューロチップを配布するが…」 (つまり、電脳部分はいつか頭痛の種、いや寿命を縮める素にならないか?  原作も確かコピーされた本人と、コピーで出来たもう一人の本人が居て…) 「あたし希望します!!」 《なんかピンと来ないんで、エンリョしまーす》 ヴァスカンダのアスナとアナスタシアのクリスタは、その場の気分で決めた。 《先生、一般部はチャフやジャミング下で動く事もあります。  電脳化しても大丈夫ですか?》 《現地ハッキングで、その場の自律人形全部乗っ取ったヤツも居ます。  電脳化でソイツに対抗出来ますか?》 「なんだと。」 アナスタシアのマナとヴァスカンダのカツキは、日々の仕事から電脳化への疑問を述べた。 「それは本当に分からないな、開始早々はセキュリティを強固にしておけば  大丈夫だろうが…」 「先生。」 「なんだ?」 「アニメでもよくありますよ。敵の作戦とか、更なる力を得る為の試練で、  “もう一人の自分”が現れて自分を攻撃する展開…  電脳化の実現は、いつかそういう状況が野放しに成立するって事でしょう?  誰にも区別できない“もう一人の自分”が、自分の知らない間に動いて  誰かに迷惑かけてるかもしれないなんて、僕は嫌です。」 リノクのマサトに至っては次世代技術とやらに吐気しか覚えなくて、そのまま帰ってしまった。 (そうだ、テレビに閉じ込められて退場した仇役も居た。  その内、インターネットの中に閉じ込められる人も出そうだなこれ…)
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