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4.?
「オート・マキナミン、ビオープン!」
帝国暦150年2月4日。
立春。
過去の履歴を見る限り、極寒期が終わり、雪解けの始まる日。
帝国の企業という企業は、中間管理職から末端のアルバイトにまで企業理念と指示書を発行し、大々的に仕事を始める。
家に引き籠もってオンラインゲームばかりしていた帝国民達も、様々な理由から外に出ようとする時期だ。
「まてーっ!」
「待てと言われて誰が待つってんだ!」
「他にセリフが思いつかなかったんだよー!!」
その頃になると、偉い人達が極秘会議というものを割と結構開催する。
帝国政府通信部情報課の新人ヴァルトリピカのユリは、一般部のサポートとして偶々その現場に居て…絶賛テロリストとおにごっこ中だ。
《ちっ、まさかハッカー対策のアナログ錠が仇になるとは…
なにをしている捕らえろ!!せめて放り出せ!!》
《一般部のマサトです。ゲート前の人員は全員爆睡してます!
嘘だろ、一回の魔法で全員爆睡させるとか…》
《増援か。構わん、全員叩き起こせ。》
《了解。》
多分今年初の、通信部シダー長官の怒号が帝国政府中の通信機に響き渡る。
そのとばっちりを同級生が受けているのは可哀想だが、そうも言っていられない。警備兵全員爆睡事案も、九割九分このテロリストの仕業だろうから。
「しゃあねえなあ待ってやるよ。」
「うわっとー!?」
曲がって曲がって曲がった所で急に相手が止まった。
当たり前だが、建物全体に敷かれた高級な絨毯と全力疾走でユリは止まれず、前転ハリウッドダイブを決めた。
「いったぁ…テレポートはずるい!」
「お前ホント受身上手いよなあ。」
綺麗に受身を取ったユリに、テロリストは素直に感心した。
追っ手に気さくに話しかけるテロリストなど先ず有り得ないが、残念ながら2人は慣れていた。
只今、帝国政府は彼のテログループに全敗中だ。
ユリも過去に数回接触・交戦したが、最大成果は“メガトンナ・モロー1発本ヒット”のみだ。おかげで、こうして話す機会も増えてしまっている。
その彼が、突然足を止めるなんて不審極まりない。
ユリはいつもの様に会話しながら、相手の出方を伺った。
「生憎なんだが、俺は自慢になるほど足が遅いし受身は取ら(・)ない。」
「そこ自慢なんだ・・・」
「俺の場合、受身を取らない方が…あ、お前は真似すんなよ!多分死ぬ。」
「はーい!」
そのテロリストの名はラクロル。
帝国謹製建造物や帝国軍への加害、それだけでなく、クーデター扇動の可能性も疑われる新手のテロリストだ。
ユリの怪力×戦闘鎚(メガトンナ・モロー)×本ヒット=大の男も吹っ飛び気絶するクリーンヒットを受けてまだ起き上がる程度にタフ、いや人外魔境の気配がする。
ついでに言うとちょっと早口で――これでも「“俺達”の中ではゆっくりな方」らしい。ちなみに“俺達”の差すものは不明――ユリよりも小さくて、今時珍しい肩下まであるおかっぱ頭で、キモノとかいうヘンな服を着ている。
「おい語り部〈Erzaehler〉後で楽屋裏に来やがれ」
「すきありー!」
「うおっと!」
彼の服は、帝国では陛下の服装に近いというだけで、全く見かけない種類の物だ。白色の厚物菊とダークオーキッドの小菊を主体とした鉄黒の訪問着を、浪人結びにした白い帯と赤い帯紐で着流している。草履という履き物も、やはり帝国では見ないだけあって、寒くて履きにくそうというのがユリの第一印象だ。
「むむむ。」
「あっぶねえ、捕まるのはまだごめんだぜ!」
武器も鞘と一体化するカタナであり、黒いリボンを巻いたキャノチェが無ければ時代劇から出てきた登場人物の様だ。
「普通、男は袋帯も帯締も付けねえけどな…」
「てい!」
「まあ、勝手に洒落てるだけだ。気にすんな。」
「やっ!たあぁ!!」
ちなみに、カタナは帯に差さず、常に手に持っている。帝国民には消耗品(アイテム)を使えなさそうで不便に思うが、彼は鞘から刀を抜いて仕舞うまでが1つの戦闘動作で、抜刀中の鞘は盾になる。
着物を着てみた人は分かると思うが、複数の紐でガチガチに固めた衣装だ。歩く事1つすら気を遣うし、これで白兵戦など考えたくもないだろう。着物で極寒たる帝国メガロポリスという国で殺陣(しかも真剣)と頭脳?戦をやってのける男、それがラクロルだ。
「むー…あれ?エレベーターだ。」
処で、エレベーターは、外部操作で緊急停止させる事が出来る。
つまりテロリストの逃走ルートとしては最悪だ。帝国政府を今の所全敗――捕獲失敗+テロ大成功――に追い込む賢しい男にしては可笑しい。益々不審だ。ユリは武器を構えたまま軍用通信機を弄り、現在地を送信した。
「高級ホテルてのは良いな。
このエレベーターから見る景色が、綺麗だってよ…」
性格はこんな所だ。
話は聴いてくれるし分かってくれるが、テロは止めてくれない。
戦いとユリには妙に拘るが、テロ以外に何を企んいでるのかは分からない。
「其処で一騎打ちって、最高じゃね?」
「…外部停止」
「させねえ方法一つだけ思いついてるけどよ、乗るか?反るか?」
「乗る。」
「…一応訊くけどよ、何故だ?」
「戦いたいから!!」
ユリは迷わず答えた。
「それに、ラクロルって前に自分のこと“戦闘民族だ”って言ってたし、
戦って勝たなきゃいくらでも逃げるだろうなーって。」
「…万が一フルボッコにされたら考えるわ。
ちなみに俺が勝ったら、二人で一番良い部屋に泊まりに行くぜ。」
「ふえぇ?!」
「いやあマジで来て良かったわ、っはっはっはっはっは…」
彼に関しては、以上だ…
相手の出方を伺う以上、必然的にエレベーターの到着を待つ事になる。
ユリは余韻を棚引かせながら訊いてみた。
「今日は爆発しないね、どうして?」
「オエラカタの会議ってヤツを一度聞いてみたかったんだよ。
この世界の支配者が、世界という舞台をどう動かそうとしているのか…」
そう、此処は某府区某高級ホテル。
1人1泊(素泊まり)ウン万円する宿泊施設は、幾何学的に設計された建築と、高機密性が生み出す静寂と、人為的に管理された近代庭園が一際映える。
そんな場所だ。
「会議ってのはどうも悪印象しか無かったんだが聴いて良かった。
あと、今日は俺1人の話だから爆発はねえ…これでいいか?」
「ふにー。」
勿論、サービスとセキュリティは万全。
セキュリティは企業秘密だが――そこ!!ネズミ一匹侵入なうというツッコミは無しだ!――サービスは基礎から調度品の一つに至るまでが拘り抜かれており、何処を見ても曇一つ無い。
「ついでに部屋も見てきた。水が美味いから食事もそれなりに美味いだろう。
アメニティも充実してたし風呂は広い。部屋も4人で体操出来る程度には
広い。マキが周辺より多いのは、会議でカンヅメになってた人が多いから
だろうな。あと、wifiがねえ。」
「お布団は広くてふかふかだけど、あの食事嫌いだなー…残り物が凄くて。」
「ビュッフェ式ってヤツか?よく分からねえけど、覚えとくわ。」
そしてそれは、この高層エレベーターにも言える。
「わあ…!」
一面強化ガラス張りのエレベーターは、エレベーターの基礎構造からホテルの庭と市街地を見渡せる透明度だ。ガラスを縁取る金属は黒光りする草花の蔓を模している。
「よし、急降下する準備は良いか?」
「え?」
双方がエレベーター内中央に立った所で、ラクロルが訊いてきた。
これは、嫌な予感しかしない。
「ままままさかこれ切っちゃうとか?!」
「心配しなくても激突前には回収するからよ。」
安心して戦う準備をしな!
ラクロルは居合の一振に魔力を込め、エレベータのケーブルを斬り飛ばした。
「わ、っ、!」
ケーブルの無くなったエレベーターはもの凄いスピードで落ちていく。
もちろん、エレベーターを構成するガラスは傷1つ付いていない!
「さーてやっかあ!!」
っはははははははは!!
最大階層55階から生じる凄まじい重力加速度の中、ラクロルは嬉々として鞘入りのカタナで襲いかかってきた!
ユリは起動したAEM;メガトンナ・モローM型――頭部は大きく柄は短い、要はモン●ンに近いタイプのハンマー――で応戦したが、非日常的な加速Gでとにかく体が重い。一振りするだけで肩から腕がもげそうだ。
これはAEMを仕舞って、オルトメイスか素手で行った方が良いかもしれない。素手なら剣も取れるし。
「オート・マキナミン、リリース。」
ユリはメガトンナ・モローを仕舞い、帝国式マーシャルアーツで挑む事にした。
基本的にラクロルはカタナ――鞘が盾になるなんて信じられないだろうが事実だ――と魔法(リノクのマサトも曰く王国魔法ではない)で戦ってきている。だが、近接主体のユリに魔法を使ってくる事は何故かほぼ無いし、そもそもラクロルに腕力は無い。
(今まで使わなかったからコレからも使わない保証なんて、無いけど。)
と言うのも、この前偶然振られた刀を掴む――白羽取りと言うらしい――に成功した時、めちゃくちゃ動揺されたのだ。腕力差が有りすぎて、ラクロルでは掴まれた刀を引っ張り出せなかったからだ。
(「う、うそだろ?!マジで、抜け、ねえっ!!」)
ユリは、ラクロルの話す事は大体昨日の事の様に思い出せる。
結局、場外乱入発生により刀は取り返されてしまったが…
そういう訳で、必然的にユリは鞘に収まった刀か、抜身の刀に触る事になる。
刃物自体は耐切創手袋でナントカなると思うが、後は白羽取りそのものが出来るかどうかだ。
「やっ!」
「それには乗らねえよ!」
ユリは刀あるいはラクロル本人に狙いを定めて戦ったが、どうにも躱されていけない。ラクロルはラクロルで、鞘あるいは刀でユリを攻撃するが、今の所当たっていない。
(もしか、し、て、楽しん、で、る?)
互いの攻撃を紙一重で躱す様は、さながら社交ダンスの様だ…
その雰囲気を味わう暇などユリには無いが、ラクロルはそうでもないらしい。
(突き出してみたり、下から上に振ってみたり、
くるっと回ってから振ってみたり…)
刃物は静止状態では斬れない。
相手が触りに来ないなら、此方から相手に刃を触らせなければならない。
だから、刃物は常に相手に振るわれる必要がある…
(てゆーかラクロル両利きなんだ。)
かっこいい!
ユリは素直に思った。
(きた!!)
だが隙は見逃さない。
ユリはすかさずカタナを両手で叩く様に挟んだ。これぞ真剣・白羽取
「いっ!!!!」
だが、ユリは思わず挟んだカタナを手放した。
なんと、帝国謹製耐切創手袋がぱっくり切れていた。
ユリの右掌にも赤い一文字が出来ている。これは痛い。
「一応言っとくぜ。」
白羽取り返し(仮)で付いた深紅を払う様に刀を振るって、ラクロルは言った。
「降参する場合は3秒間正座する事…で、どうする?」
「まだ、行けるよ!」
ユリは無傷の左手で、背中の武器を取り出した。
オルトメイス〈Alter Mace〉である。
頭部から柄まで鍛造鉄で出来た一体形成型メイスである。紫がかった地に絵筆で描かれた緻密な絵柄は、夜明け間近の空に星々が瞬いている様に見える。
貰い物だからかちょっとファンシーで、だが片手で扱える良い武器だ。
「えーい!!」
「ははは…そりゃよかった!」
ラクロルは変わらず応戦した。
パワーよりもスピードが優位な彼から見ると、ユリはオルトメイス>メガトンナ・モローM型≧素手の順に御しやすい。
但し、一撃貰った時に致命傷に至る可能性は、訳あってオルトメイスがダントツである。つまり、オルトメイスを持ったユリは最も警戒すべき相手なのだが…
「悪ぃな。」
もう、いいだろう。
「アンタは好きだが、戦いに集中できないヤツは別でね。」
ラクロルは戦いを終わらせるべく、刀を鞘に納めて、構えた。
「カツキがアナログ錠を開けられて良かった…マジで良かった…」
あの後、本会議に参加していた者達は、無事ホテルを脱出し、入口直ぐの小広場へ集合した。なんせ閉じ込められてから少し後に空調が止まり、リアルに凍えたのだ。外もまだまだ寒いが、高級ホテルで凍死なんてオチは帝国政府一同全力でお断りしたい。
「点呼確認をとるので返事しろ、アナスタシアの――」
「あ、あれ!」
誰かが、思わず声を上げて指さした。
その場の全員がその方角を見ると、エレベーターが見えるガラスの壁が割れて、外へ落ちていく人影が2つ。
落ちていく煌めきの中に赤色が混じって見えるのは気のせいだろうか。
「転送!」
リノクのマサトは転送装置で人影の元へと飛んだ。
「ユリちゃん!!」
そして手を伸ばす。
届け、友達の手に。
「お前にゃやらねえよ、ばーか。」
だがその小さな手は、あと少しの所で闇に飲まれて消えた。
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