プロローグ

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 アンナ達は図書館の前で降りた。ヨールはそのまま馬車を走らせる。馬屋に返しにいくのだ。  図書館に置きっぱなしの小説を回収し、徒歩五十歩の自宅へ帰る。図書館のはす向かいにあるこの小さな借家は、およそ王族が住むような所ではないが、職場の近くにある空き家はこれしかなかったのだ。  レースとミアが夕食の支度をしている間、アンナは家中を見て回った。 (この家ともお別れだね。三階の奥の雨漏りは大変だったけど、今となっては良い思い出だな)  自分の部屋に入る。所狭しと本が積み重ねられ、足の踏み場もないほどだ。今までコツコツと集めてきた大事なコレクションである。 (本、少しくらい持っていけないかな)  本のことを考えているうちに、アンナは書きかけの小説のことを思いだした。 (あれも早く書きあげて投稿しなくちゃ。それとみんなにも結婚のことを教えないと)  同人仲間に対して手紙をしたためる。三通分書いた時、レースが夕飯ができたと呼びに来たので一階に行った。  食卓には大皿が置かれている。中身はほかほかと湯気を立てる麦粥だ。いつの間にかヨールも帰ってきており、ミアと取り皿を並べている。 「ヨールが市で鳩肉を買ってきてくれたので、入れてみましたよ」 「本当に? 美味しそう」  神への祈りを済ませた後、四人は食べ始めた。しかし、いつもなら賑やかなはずの食事が今はとても静かだ。鳩肉もおいしく感じられない。 「食べ終わったら早速荷造りをしないとね」  出来るだけ冷静に、アンナは言った。 「ミア、本は何冊あったっけ?」 「二百三十五冊です」 「それ全部友達に譲り渡すから」 「え?」  素っ頓狂な声をあげるミア。 「エレアは本の持ちこみが規制されている。だから持っていけないんだよ」 「そんなあ」  しょんぼり、肩を落とすミア。彼女も読書好きで、アンナの本をよく借りて読んでいた。しかし、楽しい読書の時間も、もうおしまいなのだ。 「仕方ないよ。譲り先を考えなくちゃ」 「分かりました。お手伝いします」 「では、持っていくものは服だけですか」  レースが尋ねた。 「うん。それと文具くらいかな。荷造りはお願いするよ」 「かしこまりました」  そこで会話は途絶え、再び部屋が静かになる。何か他の話題はないものか、とアンナは頭の引き出しを片っ端から開け──どうしても聞かないといけないことを見つけた。 「みんなはどうするの?」 「何がでしょう?」 「行き先はエレア。簡単には戻ってこられない所だよ。仲の悪い隣国だし、嫌な扱いを受けるかもしれない。みんなも家族とか友達がいるでしょう? 辞めてもいいんだよ」 「辞めませんよ」  真っ先にミアが首を横に振った。 「私には家族も故郷もありません。友達には手紙をいっぱい書きます」 「私も参ります。独り身ですから」  ミアに引き続き、ヨールはそう言って微笑む。 「レースは? 子どもと孫がいたよね?」 「ええ。ですが、全員立派な大人になりました。孫もすくすく育っています。だから私も大丈夫ですよ。アンナ様のおそばについて参ります」  三人分の笑顔がアンナに向けられる。 「……ありがとう」  少しばかり、食卓の雰囲気が明るくなった。  荷造りと友人の挨拶などをしているうちに、七日はあっという間に過ぎた。  出発の朝。アンナの小説仲間とレースの家族が見送りに来てくれた。 「アンナ、元気でね! 昨日渡してくれた小説、面白かったよ!」 「もちろん。手紙を書くよ。新作も送る」 「楽しみにしてる! 待ってるよ!」  涙を流しながら握手する仲間達。  他にも、レースの家族やミアの友人、ヨールの昔の同僚がやって来て、最後の挨拶を交わしていた。しかし、出立の時間になり、泣く泣く馬車に乗りこむ。  多くの人に惜しまれつつ、アンナ達はエレア王国へ出発した。
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