吸血鬼の国

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吸血鬼の国

 遥か昔、各地から迫害を逃れて集まった吸血鬼によってダンケルハイトという国は建国された。  正確には、その地に住む領民はそのままに、圧政で滅びかけていた人間の国の頭を挿げ替えるような形で乗っ取って、国の名前だけを変えた。  光を捨てて闇を掴み、赤き瞳従え、救えわが地を。  そう歌い継がれているような始まりだったから、今も支配階級である貴族が、人間よりも高い知性と長い寿命を持つ吸血鬼によって占められていることにも不思議はない。フロレンツはもちろん、その弟であるノルベルトも例に漏れず尊き青い血が流れている。  触るとひんやりと温度が低く、血の気の薄い真っ白な肌。人間とは異なる鮮やかな色の髪と瞳。  美しくも、その異質さによって迫害を受けていたという特徴的な色彩も、戦が終わって平穏な時代になってしまえばわかりやすい特権階級の象徴でしかなくなった。  迫害のあった時代には怪しげな言い伝えもあったようだが、吸血鬼は墓から蘇えったりしないし、回復力が高いと言っても不死身ではない。  勝手に他者を襲って血を飲めば貴族といえども罰を受けるし、民に信仰の自由を与えたり、建国当初に人間のための施策がいくつも行われたのも大きかったのか、自分たちの生活が脅かされず、むしろ前よりも改善すると理解した人間はそれなりに状況を受け入れたらしい。  吸血鬼は国と土地を治める領主として。人間はその領地を耕して暮らす領民として。  貴族から平民になることも、またその逆もほぼ無いと言えるから、ふたつの層は混じることなく付かず離れずの距離を保っている。それを言うならば、我々(・・)のほうがよっぽど忌避されている。 「お前はこの屋敷に来るのは初めてだったな。それならまだ見たことがないだろ。見えるか? 奥にいるあれだ」 「……あれがこの家の『苗』ですか?」  ひそひそと噂話をするのはシュタールベルクから供について来たフロレンツの下男たちだろう。人間の彼らは声を潜めたつもりなのだろうが、あの程度ではこちらには筒抜けだ。  この国には三種類の種族が住んでいる。  たくさんの人間とそれを統治する幾ばくかの吸血鬼。そして、ミノウたち、血と同じ色の赤い瞳を持つ『(なえ)』だ。  苗は吸血鬼が産まれるときに母体から排出される胎盤をもとに生まれる。そして、腹にいる胎児の時から誰よりも傍で守り、主が長い寿命をまっとうして鼓動を止めるまで一人に仕え、共にその生を終える。  元が胎盤である苗をどう扱うべきかは長らく議論になっていて、体外にあっても吸血鬼の臓器の一部だとする論もある一方、自立して動き感情もあるから人と同じだという意見もある。  最近まで研究の対象にもなっていなかったので生態にも謎が多く、その『わからない』という事実が人間に言い様のない恐怖を生むようだった。
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