第2話

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第2話

 気付いたのは一年ほど前。さとの保育園に配属されて少し経った、まだ二月初旬の寒い頃だった。  園のスケジュールは分刻みで忙しい。園庭や保育室で遊ぶ他に、行事や制作、講師を招いての体操や英語のカリキュラムもこなさなくてはならない。その間に、発熱や怪我などのトラブルが起き、園見学や市の職員などの不意の来客もやってくる。加えて冬から春にかけては、卒園と次年度の新入園児を迎える準備もしなくてはならなく、職員が気忙しくなる季節だった。  けれど当時の私は、自分の業務だけを淡々とこなしていた。まだ園の仕事の全体像を掴んでおらず、切迫感が無かったのだ。のんきな心持ちだったからこそ、私だけがそのささいな事物に気付いたのかもしれない。    最初は、帽子だった。  さとの保育園では、提供する給食は毎日、自園の調理室で調理する。それゆえ、その日作る給食数を把握するために、毎朝、子どもの登園人数を確認しに各クラスを回り、調理室へ報告しなければならない。アレルギー用の代替食の要不要もこの時に確認する。二階にある年中――四歳児――の〈ぱんだ組〉に行った時だった。  おや、と思ったのだ。フックが余っていないと。  年少から年長の部屋の前の壁には、帽子をかけるためのフックが設えられている。秋に付け替えたばかりで、子どもがぶつかって怪我をしないよう、特別仕様の柔らかい素材でつくられている。それなりに値段も高く、在籍している児童分しか発注できなかった。けれど〈ぱんだ組〉は、先月、転勤で退園した子がいて、フックは一つ余っているはず。しかし、フックには黄色い帽子がすずなりになっており、余分はない。  怪訝に思いながらも、朝の忙しい時分にわざわざ担任の先生に尋ねはしなかった。目の前で喧嘩をして泣き出した子ども以上に、重要なことはない。私は登園人数を確認すると、子どもを宥めている先生に黙礼だけをして、逃げるように〈ぱんだ組〉を出た。  その日の午後、私は再び〈ぱんだ組〉を訪れた。保護者へ配布する園だよりを届けに、全クラスを回っていたのだ。〈ぱんだ組〉は無人で、朝の喧騒が嘘のように静まり返っていた。冬の陽射の中、ほこりがきらきらと音も無く舞う。  保育室の窓からは広々とした園庭が見下ろせる。黄色い帽子を被り紺色のスモックをまとった子どもたちは、まだまだ冷たい北風をものともせず走り回っていた。今は戸外遊びの時間らしい。四つ折りにして紙テープでまとめた園だよりを所定の箱の中に入れ、部屋を出る。と、出入り口正面の帽子掛けに目が留まった。  黄色い小鳥が枝から一斉に飛び去ったように、帽子は消えていた。余った帽子は無く、ということは人数分出席があったことになる……  帳尻が合わず、奇妙ではあったが、理由付けはできなくはない。予備の帽子があり、フックに掛けてあったそれを隣のクラスに貸し出した、とか。私は奇妙な心地を抱えたまま〈ぱんだ組〉を後にした。  実際にゆうと出会ったのは、それから半月ほど経ってからのことだった。  事務室から出たところで、軽い何がぶつかってきた。  黄色い帽子を被り、紺色のスモックを着た子ども。当然といえば、当然の姿だった。帽子とスモックは『さとの保育園』の制服なのだから。けれど何か違和感があった。スモックの袖には、〈ぱんだ組〉をあらわすパンダのワッペンがついている。  その子は、ぶつかった反動で呆気なくぺたんと尻餅をついてしまう。正直なところ、ぎょっとした。子どもの怪我は、園で最も注意を払わなければならないことの一つだから。園児は朝登園した姿で保護者へ引き渡す、それが最低限の守らねばならないこと。  慌てて、ごめんねとしゃがみ込み様子をうかがう、その子は顔をうつむき加減にして、ふるふると首を振るばかり。一緒に肩口まで伸ばした黒髪が揺れる。帽子のつばで表情はのぞけない。  だいじょうぶ? と半ば反射的に小さな肩に手を伸ばすが、その硬いのに弱々しい、相反するものが同居している矛盾に、びくりと手を引っ込めた。まるで火傷でもしたような過剰反応に自分自身で驚いてしまう。  こちらが戸惑っているうちに、その子はおきあがりこぼしを思わす唐突な動作で立ち上がる。そして引き止める間もなく、廊下の折れ曲がった先へ駆けだした。我に返り、私は待って、と声を上げて追いかける。  駆け込んだ廊下の先では、二十名ほどの子どもたちが行儀よく座り、〈ぱんだ組〉担任の伊勢崎先生が点呼をとっていた。  伊勢崎先生は中堅どころの保育士で、私よりもいくつか歳下だが、キャリアは十年ほどある。彼女を前にすると私はいつも緊張してしまう。伊勢崎先の雰囲気というよりも私自身の心持ちの問題なのだけれど。 「あの、今、走ってきた子は?」  ずらりと並ぶ子どもたちの中からぶつかった子を探し出そうと視線を流すが、そもそも顔すら見ていないのだ。わかるはずない。私は点呼が終わるのを待って先生に声をかけたが、 「……誰も来ていませんけど?」  返ってきたのは素っ気無い答えと訝しげな面持ちだった。  みんな立ってください、と号令がかかると、子どもたちは騒ぎながらも立ち上がる。体操教室がある曜日で、おゆうぎ室に向かうところだったのだろう。おゆうぎ室はもちろん室内で、誰ひとり帽子を被っていなかった。  誰もいなくなった廊下で、私はしばらく立ち尽くしていた。先生たちは場所移動する際、必ず子どもたちの人数確認をする。見落とすことはまずない。だからこそ、実際に見落としがあった時、一大事になるのだけれど……  周囲を見回していると、視界の端に鮮やかな黄色が引っ掛かり、目線を戻す。  息が止まる思いだった。廊下からガラス戸で隔てられた向こう側。そこは職員用の駐車場で、赤い軽自動車の物陰からひょこりと黄色い頭が突き出ていたから。私は慌ててガラス戸の二重にかけられていたロックを外し、上履きのまま駐車場に飛び出す。  駐車場で子どもが事故に遭う痛ましいニュースは全国的によく聞く。加えて、この園の駐車場の奥には生活排水浄化施設なる溜池があった。もちろん、高いフェンスで仕切られているが、出入りできる穴が空いていないか毎日点検しているわけではない。底の見通せない緑色の水面。落ちてしまったら、きっと。  一も二もなく、私は真っ直ぐに赤い軽自動車へと向かい、その影に隠れていた紺色のごわごわとしたスモックを掴んだその時。  帽子からはみ出た黒髪が、冬の陽射しを浴びて光る。最近は言わないかもしれないけれど、いわゆるおかっぱ頭の女の子だと思った。その子が振り向いた瞬間。彼女は、音もなく消えた。  端的に言ってしまえば、ゆうはそういうものだったのだ。  彼女はそれからちょくちょく園のそこここに現れては消えた。〈ぱんだ組〉が園庭で遊んでいる時、そこにまぎれ込んで姿を遠目に見ることもしばしばあった。幽霊やお化けというよりも、座敷わらし。そんなニュアンスの方が近いかもしれない。  子どもたちは遊び仲間が一人増えたところで気付きもせず、または気に留めず遊び続ける。そういう意味で、子どもは「見える」けれども、鈍感というか鷹揚だった。あるいは、自然と溶け込んでしまうこと、それ自体がゆうの力なのかもしれない。  今夜のように、一人で残業していると必ずやってくる。服を引っ張ったり、抱きついたりしてくるけれど、悪さをするわけではない。なので、私も誰に相談するも報告するでもなく(そもそも本気にされないだろう)、彼女の好きにさせていた。こんなにも寒い晩、むしろ、ゆうの存在は私をあたためてくれる。奇妙な友情のようなものが育まれて約一年。私は、彼女の来訪を心待ちするようになっていた。  しばらく書類に集中していると、退屈してきたのか、ゆうは私の傍らを離れた。仕事を抱えており、彼女の遊び相手をするわけにもいかないのに、身勝手ながらそれを残念に思ってしまう。  しかし、ゆうはしばらくして戻ってきてくれた。保育士の先生たちが仕舞い忘れたペンセットを携えて。私は、園長先生のデスクの椅子を自分の左隣に移動させて、ゆうを座らせた。そしてミスして不要となったA4コピー用紙を何枚か渡すと、ゆうは嬉々としてお絵かきを始めた。顔をうつむかせ、室内でも被っている黄色い帽子を揺らしながら、お絵かきに夢中になっている姿はなんとも言えずかわいらしい。私は微笑んでゆうを帽子の上からひとつなでて、仕事に戻った。 「おつかれさまです。全員、帰りましたよ」  遅番の先生に声を掛けられて時計を見上げれば、閉園十分前の午後八時五十分だった。  左隣を向けば、ゆうはすでに姿を消していた。ペンもケースにきちんと収められている。ゆうは他の子どもにまぎれることができる場合は別として、私以外の職員の前には姿を現そうとしない。それを彼女の信頼とみなすべきなのだろう。ある種の優越感とともに、一抹の寂しさを感じないでもなかったけれど。  仕事もほぼ終わり、あとは明日、園長先生に確認してもらい本社へ送れば良い。私はデスクの上のノートパソコンやファイルを片づけ始めた。  遅番の先生もぱたぱたと戸締まりを始める。と。 「ああ、こんなとこにあった」  振り返れば、遅番の先生は『漏水点検表』と見出しがつけられたファイルを手に、何やらぶつくさ呟いていた。漏水点検表は毎日遅番と早番の先生がつける、水の漏れが無いかチェックするものだ。いつもは早朝・延長保育を行う保育室に置かれているのだが、今日はなぜか事務室に置いてあったらしい。 「これ一時間くらい探してたんですよ、もう」  きっと今朝の早番が置き忘れたんですよ、さとみ先生うっかり者だから、やんなっちゃう。同意というよりも単なる愚痴であり独り言のようなので、私は返答することなく片づけを続けた。   と、気付く。キーボードの上に、四つ折りにされたコピー用紙が置いてある。広げれば、それは二人の女の子が手をつないだカラフルな絵だった。女の子の一人は青色のスモックに黄色い帽子、もう一人は髪が長く、黒っぽい格好をしている。今日の私と同じく。周囲には花や蝶が描かれていて、賑やかに明るく装飾されていた。そして、下の方には「おしごとがんばつて」そう拙い文字で書いてある。「つ」が大きなままであるそのメッセージに私は微笑み、再び丁寧に折り畳んだ。  毎日のことではあるが、帰宅する時は切ない。ゆうはこの真っ暗な保育園に一人残されるのだから。  折り畳んだ絵を仕舞い込んだ鞄を持ち、コートとマフラーで防寒し、正門を出たところで立ち止まる。遅番の先生たちは車通勤で、すでに挨拶は済ませてあった。  見上げた園舎は照明を落とされ、ガラス窓ごしに見える避難口の表示板だけがさえざえと緑色の光を放っている。  しばらく待っていると、正門の鉄柵の隙間から白い影が浮かび上がってきた。それは小さな華奢な手だった。しかし、その先にあるはずの小さな身体はいくら闇夜に目を凝らしても見えない。紺色のスモックは夜に溶け込んでいるのかもしれないが、黄色い園帽子も見えなかった。   仄かに発光しているような白い指先が闇夜にうごめく。誘うように、求めるように。その小さな指に、指を絡める。精巧なつくりものめいた小さな指がきゅっと絡みつく。その、はかない力強さ。  私たちは毎夜、こんなふうに無言で指きりを交わす。何の約束をしているわけではない。ただ、約束をすることに意味があった。儀式のように。  数秒後、音もなく指先の感触がほどけて消えた。  たっぷり十秒は正門の向こう側を見つめ、小さく息をついてから、私は歩き出す。今夜はもう、ゆうは出てこない。いつもそう。こうして指切りをした後、彼女は決して現れないのだった。それに安堵しているのか、残念がっているのか、自分自身、よくわからない。  私は電車通勤で、園から駅までの距離は十分ほど。今はただ寒いだけの道程だった。ブーツがアスファルトを踏む音だけが響き、時折、思い出したように車が通る。典型的な地方都市の夜だった。  私は夢想する。もしも。もしも、ゆうとこの道を歩けたなら、どんなだろうかと。  保育園で遊んだこと、夕飯のメニュー、週末のおでかけ……そんなことを話したりするのだろうか。空気が澄んだこの時期はよく星が見える。スモックを彷彿させる濃紺に、金銀のビーズをこぼしたような夜空。いつかは星の名前や星座の読み方を教えられるかもしれない……  保育園にお迎えに来たお母さんと、満面の笑みの子どもたちのように。  浮かび上がった夢想に、私はぎょっとした。一体、何を考えているのか。そんなことあり得るはずがないのに。  あの子は、ゆうは、現実の子どもではない。そして何より、私が家族に――母親になれるはずもないのに。  午後九時過ぎ、上りのプラットフォームは閑散としていた。やってきた向かいの下りの列車からは仕事帰りらしきビジネスマンが数人降りてくる。そのうちの一人が携帯電話を耳に当てる。職場からの至急の連絡か、それとも駅に着いたよと家族に帰宅を伝えているのか。  と、この駅を通過する特急電車が、猛スピードで目の前を横切った。轟音と烈風と共にビジネスマンの姿がかき消される。吹きつける風に、巻き上がるマフラーを抑える。風は冷たく厳しい。  特急電車が去った後には、ビジネスマンたちの姿は無く、私だけが灰色のプラットフォームに取り残されていた。  
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