1人が本棚に入れています
本棚に追加
/18ページ
第一話「見つけるの禁止」
カツン__カツン……カツ。
9月になったとはいえ、外の陽射しはまだ強い。
僕は、さほど広くもない六畳ほどの部屋の柱に直径15.5インチ(約39.4cm)
ほどのソフトダーツボードを立て掛け、黙々とひとり。
先日から練習に明け暮れている。
今年の正月休みに、帰省してきた友人に誘われるまま。それまで未経験だ
ったダーツを初めて経験した。
まったくしたことがない。と言えば、嘘にもなるが。
実際、本物のルールでダーツをしたこともなかったし。それこそ、小さい頃
に兄貴が実家で飾っていた(記憶のある)ダーツボードに適当に投げた。
その程度しか、まともにしたことがなかった。
ダーツというよりも、どちらかと言えば、ビリヤードに興味を持っていた
し。そんなビリヤードブームのピークは、マイキューを買おうとして、通販
サイトを調べたら、結構高価で。
折り畳みもできないマイキューを無理やり買って、マイキュー入れまでは手
が出なかった僕に気をきかせてくれた母親が。
なぜか、剣道の竹刀入れを押入れから引っ張りだしてきては、仕方なくそ
れを持ってビリヤード場に夜な夜な通った記憶がある。
あのときは、ずいぶん周りにディすられた苦い思い出だ。
約二メートルちょいの距離を、三本のダーツを投げては、ボードまで抜き
に行く。
ど真ん中のブル、しかもダブルブルに入ったときは気持ちが良くて。
とくにダーツマシンで射せたときは、効果音と映像が流れて、店内に響きわ
たる。
ダーツマシンのメーカーにもよるが、ど真ん中のブルに二本以上射せたり、
他にも高得点である代わりに、スペースがめちゃめちゃ狭い、トリプルや
ダブルに連続で射せたりしたときは。
それこそ、プロでも思ったように出せないような効果音に映像、得点が
加算されたりして、老若男女の差を問わず強い人が勝てるルールは、今さら
ながら、僕を夢中にさせた。
カツン_カツン…カツン。
お気に入りの音楽でもかけたいところだが(自分の部屋だし)、つい集中し
はじめると、そんな気持ちもどこへやら。
気づけば僕は、上半身裸になり、汗だくで投げこんでいる。
“ダメだ、また、ハイになっている”そう、自分に言い聞かせる。
何をどれだけやったら、練習をおわりにするのか?
とくに決めずにやっていると、いつもこんな風に汗だくになってしまうの
だ。
そして最悪、おえたあとから右肘が痛くなってくる。サポーターは、ど
こにしまったっけ?
行きつけの美容室のマスターにも言われた言葉がよぎる。
「やみくもに何時間も投げるより、集中して二時間程度。最低でも週に
二~三回は投げつづけること」
十年以上、ダーツをしていて、Aクラスのマスターの言葉だ。
ときどき、オンライン対戦でプロの人と対戦して、勝つこともあるような
人の言葉は、今の僕の胸へと、しっかり突きささっている。
“よし、あと一本だ。あと一本、ブルに射せたら、本日の練習はおわり
にしよう”
僕はひとりごとをつぶやいて、再度、スローラインに決めている畳の縁
に足首を合わせると。試行錯誤した現在のフォームを意識し、ブルを狙っ
て投げはじめた。
カツン__ダメだ3のシングルだ。高さが足りない。
カツン___くっ、11のシングルか。ど真ん中のブルそばだ。
集中、集中…何としても、三本目で決めるんだ…。
紙ヒコーキを投げるように…、無駄に力を入れすぎず、弧を描くイメージ
で。放物線を描いたダーツは、ど真ん中のブルへと飛んでいく。
“いける…か?”そう思った瞬間、先端が弾けとぶ。まれに枠の部分に当
たり射さらないときがある。
ダーツマシンでは、当たることで点数もつく場合もあるが、家庭用の練習
ボードにそんな繊細さは求められない。
「あっ…」
放物線を描いていたはずの一本のダーツは、ボードの中央で弾け飛び、
部屋の音楽用コンポ。スピーカーとスピーカーのわきに飛んでいった。
「あー…」
声にならない声を無意識に出しかけた刹那。
「ぎやっ」
最初のコメントを投稿しよう!