第一話「見つけるの禁止」

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第一話「見つけるの禁止」

カツン__カツン……カツ。 9月になったとはいえ、外の陽射しはまだ強い。 僕は、さほど広くもない六畳ほどの部屋の柱に直径15.5インチ(約39.4cm) ほどのソフトダーツボードを立て掛け、黙々とひとり。 先日から練習に明け暮れている。    今年の正月休みに、帰省してきた友人に誘われるまま。それまで未経験だ ったダーツを初めて経験した。 まったくしたことがない。と言えば、嘘にもなるが。 実際、本物のルールでダーツをしたこともなかったし。それこそ、小さい頃 に兄貴が実家で飾っていた(記憶のある)ダーツボードに適当に投げた。 その程度しか、まともにしたことがなかった。  ダーツというよりも、どちらかと言えば、ビリヤードに興味を持っていた し。そんなビリヤードブームのピークは、マイキューを買おうとして、通販 サイトを調べたら、結構高価で。 折り畳みもできないマイキューを無理やり買って、マイキュー入れまでは手 が出なかった僕に気をきかせてくれた母親が。  なぜか、剣道の竹刀入れを押入れから引っ張りだしてきては、仕方なくそ れを持ってビリヤード場に夜な夜な通った記憶がある。 あのときは、ずいぶん周りにディすられた苦い思い出だ。  約二メートルちょいの距離を、三本のダーツを投げては、ボードまで抜き に行く。 ど真ん中のブル、しかもダブルブルに入ったときは気持ちが良くて。 とくにダーツマシンで射せたときは、効果音と映像が流れて、店内に響きわ たる。 ダーツマシンのメーカーにもよるが、ど真ん中のブルに二本以上射せたり、 他にも高得点である代わりに、スペースがめちゃめちゃ狭い、トリプルや ダブルに連続で射せたりしたときは。  それこそ、プロでも思ったように出せないような効果音に映像、得点が 加算されたりして、老若男女の差を問わず強い人が勝てるルールは、今さら ながら、僕を夢中にさせた。 カツン_カツン…カツン。 お気に入りの音楽でもかけたいところだが(自分の部屋だし)、つい集中し はじめると、そんな気持ちもどこへやら。 気づけば僕は、上半身裸になり、汗だくで投げこんでいる。 “ダメだ、また、ハイになっている”そう、自分に言い聞かせる。 何をどれだけやったら、練習をおわりにするのか? とくに決めずにやっていると、いつもこんな風に汗だくになってしまうの だ。 そして最悪、おえたあとから右肘が痛くなってくる。サポーターは、ど こにしまったっけ? 行きつけの美容室のマスターにも言われた言葉がよぎる。  「やみくもに何時間も投げるより、集中して二時間程度。最低でも週に 二~三回は投げつづけること」  十年以上、ダーツをしていて、Aクラスのマスターの言葉だ。 ときどき、オンライン対戦でプロの人と対戦して、勝つこともあるような 人の言葉は、今の僕の胸へと、しっかり突きささっている。  “よし、あと一本だ。あと一本、ブルに射せたら、本日の練習はおわり にしよう”  僕はひとりごとをつぶやいて、再度、スローラインに決めている畳の縁 に足首を合わせると。試行錯誤した現在のフォームを意識し、ブルを狙っ て投げはじめた。 カツン__ダメだ3のシングルだ。高さが足りない。 カツン___くっ、11のシングルか。ど真ん中のブルそばだ。  集中、集中…何としても、三本目で決めるんだ…。 紙ヒコーキを投げるように…、無駄に力を入れすぎず、弧を描くイメージ で。放物線を描いたダーツは、ど真ん中のブルへと飛んでいく。 “いける…か?”そう思った瞬間、先端が弾けとぶ。まれに枠の部分に当 たり射さらないときがある。 ダーツマシンでは、当たることで点数もつく場合もあるが、家庭用の練習 ボードにそんな繊細さは求められない。 「あっ…」  放物線を描いていたはずの一本のダーツは、ボードの中央で弾け飛び、 部屋の音楽用コンポ。スピーカーとスピーカーのわきに飛んでいった。 「あー…」 声にならない声を無意識に出しかけた刹那。 「ぎやっ」
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