第二話「見つかるの禁止」

1/2
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/18ページ

第二話「見つかるの禁止」

「…この世界は、昔から、そのままで十分、美しかったのにな」 漆黒の夜が訪れるまえぶれ、こうこうと明るかった空に、オレンジジ ュースが何処からともなく溢れ。 窓から見えるあの大きな箱の群れまでも、同じ色に満たされていく。 ほんの束の間の時間ではあるが、自分たちの生きる空間もまた、生き ているのだな、そう感じることができる貴重な時間だ。  オランは、詰めこまれた帽子の山に腰かけながら窓越しに、巨人た ちが我が物顔で住む、この世界を眺めていた。 夜なんて来なければいいのに、とオランは毎日毎日、心の奥底で願っ ていた。 夜は自分たち、小人族にとって“狩り”の時間なのだ。巨人たちが活 発に動きまわる昼間を睡眠や体を休める時間にあてている。 幼い頃からそうだ。オランに“狩り”を教えてくれた父親も“加工” と“生活”を教えてくれた母も、疑うことなく明るい時間は眠ったり、 決して必要以上に“狩り場”に出ることはなかった。 家の中に、じっと身を隠し、必要以上の音を出さないように暮らし ていた。オランが悪戯をして怒られているときも、諭すように怒って くれた。 そう、あのとき以外は。食後のコーヒーが切れ、珍しく父が残念そう な顔をしていた。 ボクは“狩り”をはじめたばかりだった。席を立つと。  「ボクがひとっ走り、コーヒーの粉を狩ってくるよ」 そう告げた瞬間、両親とも、すごい剣幕で怒った。  父がボクの胸を突飛ばし、ボクはその勢いのまま椅子ごと後ろへ吹 き飛んだ。 後頭部をしたたかに打ち、視界に小さな星がとんだ。 まるでボクの手から出せる小さな電撃の火花のようでもあり。 ボクが“狩り”をする時間の中で、唯一好きな外の世界で輝く満天の 星のようだとも思った。  父は、床に転がったボクの胸元を引き上げて、顔を引き寄せると。 「お前は巨人たちの恐ろしさを何もわかっちゃいない。あれだけ、小 さな頃から何度も何度も話しているのに、何も感じていないのか?」 「わかってるよ。巨人にもしも、見つかってしまえば。あの物語のよ うにボクたち小人は殺されてしまうんだろ?」 幼い頃、母は毎晩、ボクが眠る前に本を読んでくれた。 その内容は、たいてい巨人たちと小人族をモチーフにした話で、冒険 活劇だったり、助け合うような話だったのだが。  何冊に一度かの順番で、必ずといってよいほど、同じ話を決まりご とのように読み聞かせようとするのが嫌いだった。  だってそれは、これからボクが寝ようとしているのにもかかわらず。 同じ小人族の主人公が、たくさんの冒険の果てに、たまたま巨人たち に見つかってしまい。  追いかけられ、傷つけられ、やっとの思いで逃げおおせたかと思え ば、ボクたちの世界までが巨人たちに見つかってしまい。 次々と仲間たちが捕まるか、殺されてしまうような残酷な最後だった。 挿し絵の中で、主人公が泣きながら、やめろやめろと叫びつづけるの だけど。  空から次々にふってくる大きな手が、ボクたちの世界のすべてをのみ こみ、踏みつぶしていく描写なんて見たら、怖くて怖くて。 夢にまで出そうで、ボクは枕や母親のエプロンの裾を耳に押し当てて、 嫌々する。 しかし、母親は、それでもいつも、最後まで読んでしまう。 他の物語は、ボクが眠そうになると、やめるのに…。  そんなことを思い出しながら、後頭部から体全体に響く痛みを確かめ ていた。
/18ページ

最初のコメントを投稿しよう!