第3話「逃げたい者、逃がしたい者」

1/2
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/18ページ

第3話「逃げたい者、逃がしたい者」

小さな奴が動かなくなってから、僕はどうしたらいいのかと、頭を 抱えた。 外に放り投げるにしても、また戻って来て、万が一寝こみを襲われでも したら怖いし。 殺すにしても、何か、こんか奴らが他にたくさんいたらヤバそうだし。 どこかのお偉い学者とか警察にでも持って行こうかとも考えたが、そも そも移動中に目を覚ましたら危ない。 かといって、警察に引き取りに来てもらう連絡をしようと思っても何と 言えばきてくれるのか?  いっそうのこと、泥棒が入ったとでも嘘をついて来てもらおうか?と も考えたのだが、明らかな嘘だとしたときに罪に問われないだろうか。 それに、こいつは理解力もありそうだ、警察や他の人間の前で人形のよ うに動かなかった場合も困る…。 最悪、僕が頭のイカれた奴とか勘違いの末に、薬物がどうとか精神病が 疑われるとかで、引っ張られたりしないだろうか。  幼い頃に読んだファンタジー漫画のような展開に、今、自分がさらさ れているのだと思うと僕の不安はより大きくなっていく。 こいつが手から出した火花は、ふれると体が少し痺れて、死ぬことはな さそうだが、とにかく心臓に悪そうだ。  そう思い出しながら、指先の感覚を確かめていると。 まず、何より自分がしなければいけないことがあることに気づいた。 “そうだ。こいつが目を覚ましたら、また僕に襲いかかる可能性がある” 僕はスマホで検索をはじめる。電気 通さないもの だ。 …なるほど、ゴムにガラスに木、プラスチックにエボナイト?に油か。 それらを調べると、急いで物置にあった“あるもの”を取り出した。 トイレ用に使っていた厚手のゴム手袋をしっかりはめると、小さな奴を そっとつかみ上げ、その中に入れた。 …酸素が苦しくない程度に天井には穴を明けておくことにする。 フタをしかけて、小さな奴の肩口の傷が気になった。 今のうちに傷薬程度は、塗っておくか。  僕は小さなため息をひとつ、矛盾する気持ちを押しころしながら、お そるおそる傷薬を塗る。 小さな奴の表情や動きの変化を注視していた。 少し傷がしみるのか、眉間に皺を寄せたものの、目を覚ますまではない。  よくよく、その小さな生命体を見ながら、いくつかの特徴を改めて感 じる。やはり体の大きさや体つきは似ていても異なる部分は、多々ある。 たとえば、日焼けしているというよりも浅黒い肌の色に、肌表面のふれ た感覚は、トカゲやヘビのような爬虫類のそれに似ている。  少しザラついているが、ほのかに体温の温もりも感じる。 手のカタチも人間と似てはいるものの、五指の先はすべて丸みを帯びて 膨れており、まるで水かきのついていないカエルの手のようだ。 それに傷薬を塗るとき、手袋についた奴の血液は赤いというよりも、黒 血のようで酸化しているわけでもなく。 傷口から見える皮下の血液も同じように浅黒かった。  いまだ、意識を取り戻す気配はない。 小さな奴を視界におさめながら、窓の外を見る。夕暮れに染まりはじめ ている。 …喉が渇いたな。僕は、もう一度、水槽の中に閉じこめた小さな奴を見 ると上からフタをして、さらに厚めの週刊誌を何冊か重ねた。 台所の方へ行き、冷蔵庫から冷やした麦茶をグラスにそそぐ。 流れ落ちる汗をぬぐい、ひと息つく。  「…これから、どうしよう」
/18ページ

最初のコメントを投稿しよう!