大邸宅

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大邸宅

秋穂と電車に乗り 某高級住宅街に向かう 高い塀に囲まれた 大邸宅 門のシャッターの鍵は 指紋認証 ワクワクする 秋穂が玄関のドアを開けると 「お帰りなさいませ」 使用人らしきエプロン姿の中年のおばちゃんが 3人並んで待っていた 「友だちの美月だ デザート頼む」 秋穂は偉そうに 彼女たちに告げると 幅の広い大理石の階段を上る 私は使用人の方々にお辞儀をして 階段を上った 「ちょっと普通の家じゃなくて・・・ごめん」 「謝ることはないでしょ」 「そう? イヤな気持ちになってない?」 「どうして? フツーの気持ちよ」 「よかった・・・苦痛なんだ・・・僕は」 「苦痛? どうして?」 「冬香みたいに 一人で気楽に暮らしたい」 「まあ・・・わかる気もする」 使用人の一人がデザートを持ってくる 果物の盛り合わせ 冷たいレモンスカッシュ 「冷たいうちに食べよう」 秋穂は パクパク食べ始める 私は 食べやすく一口サイズにカットされた グレープフルーツとメロンを頬張りながら 冬香が ここに住まない理由を考えていた 「秋穂 お母さまは? 私 挨拶しなくていいの?」 「母はいない 僕が幼稚園の時 父と離婚したんだ」 「まあ・・・俳優さんって いろいろ難しいのね?」 「詳しくは知らない けど 僕は母は嫌いだ」 「嫌い?」 「母は 冬香に ひどいことをした 許せない」 「どんなことを?」 「とても言葉にできない・・・」 「わかった 言わなくていいわ」 秋穂は奥の部屋から  バイオリンを持って来た 『タイースの瞑想曲』をいきなり弾き始める 優しい どこまでもどこまでも優しい音色 いつのまにか涙があふれる 冬香の『間合い』と同じ 安心感を得る 秋穂は一冊の楽譜を差し出す 「ピアノ弾けるだろう・・・弾いて」 秋穂の部屋には グランドピアノがあった 私はピアノに向かい 少し練習する 「冬香に比べないで・・・ 私はただ音を出せるだけ」 「何も考えないでいい 始めて!」 秋穂の命令口調  この大邸宅の御曹司にはお似合いだ 特に緊張することもなく  淡々とした気持ちで 機械的に 私はピアノを弾き始めた 秋穂のバイオリンが重なると  自分の奏でるピアノの音色は なぜか  透明なガラスの固さを感じさせた ゆっくり曲を味わう余裕もなく  必死に楽譜を追うだけで  あっという間に曲が終わる 「やっぱり・・・思った通りだ」 秋穂はひとり言のように つぶやく 「もう一度 合わせてみよう」 秋穂は 何度もそう言って  私たちは何度も何度も 『タイースの瞑想曲』を 繰り返し 弾き続けた 5分足らずで終わる曲を  1時間 2時間 3時間 ただ夢中に 繰り返し合奏した 秋穂のスマホが鳴る  ハッと我に返った秋穂 『あ・・・・ごめん・・・これから行く』 とだけ言って電話を切る 「冬香のお使いに行く予定だったんだ・・・」 「私 いっしょに行かない方がいいわね」 「どうかな・・・美月が先に行って 冬香を・・・」 「外に連れ出す作戦 決行する?」 「それも悪くない でも お腹空いてない?」 「冬香と 公園でサンドイッチ食べる」 「じゃ・・・約束のお金・・・はい」 秋穂は私に10000円札を渡す 「今 これしか持ってないけど・・・」 「こんなに? 私のお小遣いの2ヶ月分だわ」 「残ったら お小遣いにして」 2人で『黒薔薇』に向かう 路地の手前のコンビニで  冬香といっしょに食べるサンドイッチと お菓子と飲み物を買う 冬香の好みのものを 秋穂が選んだ 「僕は後から行く 美月がんばって」 私は秋穂と別れ『黒薔薇』に向かう
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