寂しい

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寂しい

戸惑う 目が見えないんだ なぜ それが安心なんだ? 「いつから見えないんですか?」 質問して すぐに後悔する 「ごめんなさい 失礼な質問でした」 謝る 幼稚な自分を恥じる 「ふふふっ・・・気軽に話して」 その男は笑うと意外に若い感じがした 「僕の目が完全に見えなくなったのは高校3年頃」 「ピアノはいつから?」 「小さい頃から」 「ここでピアニストを?」 彼は少し悲しそうな顔になった 「たまにね 普段は違う仕事をしてる」 彼は急に  ショパンの『幻想即興曲』を弾き始める それは妙に軽やかで なめらかで冷たくて まるで氷の板に水が流れるような 引っかかりも何もない  アクセントや力みがない 風が吹きぬけるような  寂しい時間だった 思いがけず私は涙があふれ  つい 鼻をすすってしまった 「どうして泣く?」 「だって・・・」 「だって・・・・なんだ?」 「寂しい」 沈黙が続く 「本当に寂しいから・・・仕方がないんだ」 力なく彼は そう言った 「君だって・・・興味本位だろう」 私は言葉に詰まった 「秘密の小箱は開けるまでが楽しみ 開けたらおしまい」 胸がつぶれそうに苦しかった 「明日も 来ていい?」 私は やっと そう言った 「同情してくれなくていい」 「同情?」 「憐れみか?」 「違う 来たいの」 「なぜ?ピアノが聞きたいのか?」 「違う あなたに会いたいの」 「バカか?何のために?僕に会う?」 「何のためでもない 会いたいだけ」 「捨て猫を撫でてみたい・・・そんな子いるね」 「どうして そんなふうにしか考えられないの?」 「じゃぁ どんなふうに考えればいいんだ?」 私は 勇気を出して 彼の手に触れる 自分の両手のひらで 彼の右手を包み 温める 「明日は 左手を 温める」 平静を装って それだけ言うのがやっとだった 早足で部屋を出た私は 階段を駆け下りながら 訳もなく 泣けて 泣けて 困った
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