見えない瞳

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見えない瞳

夕食の時 母は私をジロジロ見て言った 「学校で何か変わったことあった?」 「えっ?どうして?」 「なんとなく・・・好きな人でもいるの?」 私は眉をひそめて聞き返した 「どうして?どうして・・・そんなふうに思うの?」 「女の顔になってる 男を意識すると女の顔になる」 返事をしたくなかった 侮れない母 女としてはベテランだ 悪ふざけをしてみよう 「私の好きな人が 結婚している大人の男性なら?」 「あなたらしいわ 初恋にしては上出来」 「真面目に言ってる?」 「真面目よ チャラチャラしたガキより学ぶことは多い」 怖い女だ 母の本性が見えない 中途半端に関わらない方が身のため と判断 「ま・・・言ってみただけ 面倒だわ そんな恋」 「どうかしら? 私はどんな恋でも応援するわよ」 「マジ? パパより年上の男でも?」 「年齢より魂 心と心が溶け合えるなら幸せになれる」 「ママはパパと 溶け合えてるの?」 「秘密・・・」 部屋に引き上げる ピアノに向かう 目を閉じて『月の光』を弾いてみるが  弾けない 冬香を想う 想う 想う 想う  マジ ヤバイかも 通学のバスで 学校で 冬香を想う 今頃 どこで 誰と 何してるのかな 何も知らない彼の生活 胸がざわつく 放課後 彼のもとへ  真っ直ぐ行きたいのに 足が止まる 歩道の片隅で 立ち止まって考える これは恋ではない 好奇心 悪い遊び  違うか? 裏路地の奥の細道を行き止まりまで  ふらふらと歩く 冬香のピアノが聴きたい いや ピアノなんか聴かなくていい  会いたい 結局 たどり着いた いつもの階段の下 ピアノは聴こえてこない 気になる 階段の上で ギギィ~ とドアがきしむ ハッと不安になる 私は階段を駆け上がる やっぱり 冬香がドアの外に立っていた 「美月?」 「うん・・・・ どうしたの?」 「ピアノが聞こえなければ 美月は来ないだろうか・・・と」 「危ないわ ここ すぐ階段だから」 私は冬香の手を引いて部屋に入り 一番近くにあった 黒い革張りのソファーに  彼を座らせる 彼は薄くまぶたを開いて 閉じた  その一瞬 高い窓から漏れる 空の明るさに  キラリと瞳が光った 「まぶた 開けて見せて」 「きっと気持ち悪いよ」 「見たいの 冬香が目を開けた顔を」 冬香はしばらく ジッとしていたが 「僕だけ 恥ずかしいのはフェアじゃない」 と苦笑する 「わかった 交換条件ね 私は何をすればいい?」 「触らせて」 「どこを?」 ソファーに並んで座っていた私は  緊張して返事を待つ   冬香の右手が  何気なく私の背中に触れる 高校の制服は今どき珍しいセーラー服で その日 朝から暑かったので セーラーの下の薄いタンクトップは  汗で湿っている 彼の右手はセーラー服の下から 背中の上の方に移動して 私はジッとしていたら 急に 彼の左手が 私の胸に触れた 「待って」 私の左乳房を セーラー服の上から 包むように触れている冬香の左手を  私は両手で押さえた その手を引き離すか  そこまでで終わらせるか そのまま好きにさせるか 冬香は少しずつ左手に力を入れ  私の乳房をゆっくり揉むように  指を動かした 自分以外の人の手が  間接的にでも 乳房に触れるのは 初めてだった 私は冬香の手を押さえていた  自分の手を下ろした いけないと思いながらも  もっと触ってほしい気持ちが ブラジャーの陰で  むくむくと膨れ上がり 黙って されるままになっていたいと  思ってしまった 冬香は  私が彼の手を自由に開放したことで 安心したように右の乳房に手を滑らせ  同じように セーラー服の上から 乳房を揉んだ 冬香の右手は 私を抱き寄せ 冬香の顔は 私の肩の上にあった もうダメ 限界 これ以上はヤバ過ぎる と 思った時 彼は私の耳元に 息を吹きかけるように言った 「初めてなんだ 女の子に触れるの」 初めて・・・という言葉は  私の心を躍らせた その発音と共に  耳に吹きかけられた彼の息は 私の体に  何か『初めて』の感動を与えた 彼の息があたった場所から  続々と細胞たちが目覚め その細胞の目覚めはドミノ倒しのように  たちまち全身に広がっていく 鳥肌が立つ 冬香は右手を私の首の後ろに回し 左手で私の体を抱き寄せると 彼の顔で 私の顔を探った 「見てごらん 僕の目を」 そう言って 見開いた瞳は 悲しかった 見えないのだということが  すぐにわかる瞳だった 私は胸がつぶれそうに 苦しくなった こんな薄暗がりの誰もいない空間で  一人 孤独にピアノを弾き  若い時間を消耗してきた 冬香の過去が  見えない瞳の中に 見えた気がした 冬香は 目を閉じて 私にキスした 自然な流れだった イヤな匂いも味もしなかった 頭の中に  冬香の見えない瞳が焼き付いていた
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