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美月の真実
きっと勘違いしている秋穂へ
私が旅立つ真実の理由は
秋穂だけに伝えます
なぜなら
私が旅立つ 表向きの理由は
芸術作品としての恋愛を
完結するための死だから
冬香と私が命をかけて
究極の恋愛をアートした作品の
最終形態としての心中だから
冬香と私の恋愛の絆を
永遠にするための心中
秋穂以外のすべての人には
それこそが私の真実であると
永遠に思い込ませてください
冬香との恋愛アート
私が冬香のピアノに誘われた理由は
冬香の旋律に秘められた
セクシーな吐息と誘惑を
体で感じていたからかもしれない
冬香の旋律には聴いているだけで
恥ずかしいくらい女にさせられる
不思議な魔力があった
冬香の言葉やしぐさの一つ一つは
私の魂を陶酔させて
急速に私は冬香との恋愛に溺れた
肉体の神秘を追求することを
仕事としてきた冬香の円熟した技
その陶酔
死の淵を彷徨い 悲しみの沼に
沈みかけていた冬香の魂
その叫び
その陶酔と叫びを
告白するような冬香のピアノは
切なく甘く 激しく狂おしく
悲しみと美しさが
裏表一つのものであるかのごとき
旋律を歌い上げる
まだすべてにおいて未熟な私の
閉ざされていた堅い蕾の魂は
降りかかる悲劇に翻弄され
孤独の闇と闘い
引き裂かれ傷だらけになった
冬香の魂の隙間に
自然に入り込めたのだ
入り込むことは簡単
一度 入り込んだら
深みにはまっている間に
堅い蕾は開花して
私の無数の花びらは
冬香の無数の蔓に絡まり
もう冬香の魂と私の魂は二度と
離れることはできなくなる
魂と魂が求め合う陶酔と冷静
体と体が求め合う陶酔と熱情
恋愛と恋愛が求め合う陶酔と芸術
冬香と過ごす時間
二人は全身が性感帯になって
どことどこが触れ合っても心地よく
触覚 嗅覚 味覚 を超え
脳細胞と神経回路のすべてが
抹消まで全力で震えて
交響楽を奏でる
神経が摩耗し
脳幹が砕けるほど
狂気的に繰り広げられる恋愛組曲
その陶酔の極みは日ごと深くなり
顔も体も 魂さえも
磨かれ磨かれ 摩耗して
消滅に向かっていることを
冬香と私は明確に意識する
目の見えない冬香に
私の一番美しい姿を見てほしい
私の迷いない恋愛を捧げたい
それならば今 16歳の私のままで
永遠に 冬香の恋人になりたい
冬香と私は気力も体力も
精神力さえも全力で投じて
脳細胞を含む
肉体の限りを尽くし
生命体の限りを尽くし
魂を昇華させ
恋愛を成就する
陶酔のための陶酔
芸術のための芸術
恋愛のための恋愛
耽美主義なんかじゃない
名前をつけるなら
恋愛至上主義
『裏路地からしか行けない天国』
という作品のテーマは恋愛至上主義
その結末は
裏路地的情緒にあふれる
心中こそ ふさわしい
心中こそ 美しい
殺害して自害する孤高の芸術家
サトウサの命まで 花として添え
冬香と私は
最後の最後まで深く求め合い
恋愛の炎で燃え盛りながら
一つになって昇天する
この真実を決して忘れないで
世の中には 伝えてください
ここからは
秋穂だけに伝える秘密
私と秋穂だけの聖なる真実
音楽家秋穂の時間を
少しでも奪わないために
秋穂の美しい感性を
少しでも汚さないために
秋穂の類い稀なる天才を
純粋に 孤高に 完璧に
後世に残すために
私は命を張る
秋穂に出会い 秋穂に愛されて
過ごした日々は幸せだった
二人でおじいさんおばあさんになるまで
生きてみるのは きっと楽しい
けれど私は 秋穂に 秋穂の人生に
そんなことは望んでいない
秋穂には秋穂にしかできないことがある
世界中の誰にもできない宿題を
秋穂は 神から与えられている
その宿題は 決して甘くない
たとえ秋穂の天才をもってしても
精一杯なりふり構わず努力してこそ
成し遂げることができる宿題
それは 音楽の創造
音楽の可能性を
創造的に書き換える仕事
音楽の力を
科学や医学や社会学や哲学等に
発展的に開花させ
芸術的感動が人間や人体に及ぼす
恐るべきエネルギーの根拠を
どこまで示せるか
文字や論理を超越して
直感的に心身を震えさせる
秋穂の音楽
ピアノとバイオリンのテクニック
指揮者としての創造的采配
科学的に感動と陶酔と熱情を分析し
論理的にそれらを創出する能力
その歴史を書き換えるほどの天才を
私は命に代えても開花させたい
天才は真剣な努力と
膨大な研究と自己研鑽の果てに
花開くもの
平凡な愛情に溺れ
平和な時間を積み重ねる人間には
決して成し得ない
ベートーベンは耳が聞こえなくなり
ショパンは肺結核を病み続けた
その不運を不運と見なすか
その不運を天才の要素と見なすか
私に秋穂がいることは私を安心させる
だが
秋穂に私がいることは秋穂をダメにする
秋穂に私がいるだけで秋穂はダメになる
冬香と私が消えて つらいと感じる
普通の男には 決してならないで
秋穂が私たちに関わり
無駄に神経を遣い
無駄に体力や時間を使うことの方が
私にはつらい 辛過ぎる
一度しかない人生の限りある時間
秋穂には ひたすら
孤高の天性を磨き出してほしい
全力で自己の天才を生き抜いてほしい
私は秋穂を心から愛している
秋穂の才能を 秋穂の魂を
秋穂のすべてを
世界中の誰よりも深く愛している
秋穂自身より強く激しく
全身全霊で愛しているから
命を懸けて愛を貫く
それこそが私の真実
私が旅立つ真実
これは秋穂のための物語ではない
物語ではなく私の本心 私の祈り
秋穂への愛の忠誠
命を懸けて愛し続けます
私の大好きな大好きな秋穂
さようなら は 言わない
肉体さえ失えば 私は
永遠に 秋穂の中にいる
永遠に 秋穂への愛を貫きます
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