病室

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   「…ねん、しょーねん」 気がつく。寝てしまったらしい。体が重い。それなのに今誰かに呼ばれている気がする。でもまだ目を覚ましたくはない。目を覚ませばまた死という恐怖を深く考え込んで追い込まれるからだ。 「うるさぁいなぁ」 誰に文句を言ったのかもわからなかったけれど、今は誰がなんて言おうと起きたくない。 「おきろっ」 目を閉じて仰向けの姿勢で声を交わしたと思ったが、後頭部に強めの衝撃が走った。 「いだっ!」 後頭部を抑えながら、攻撃されたであろう位置から距離を少し取って振り向いた。 そして目の前の状況を確認すると、そこにいたのは、今関わりたくない人間、世界一位である、さっきエレベーターであった少女が、何がそんなに嬉しいのか、にっこりと笑いながら僕の頭をもう一度攻撃しようと手を上げていた。 そんな目の前の状況に色々と戸惑いながらも。落ち着く為にさらに距離をとった。 「私は新島花香、少年の名前は?」 混乱しているのにも関わらずなんの猶予くれず少女はグイグイと身体と共に迫ってくる。 「あ、あの、もう少し離れてくれないかな?」 「あっ、ごめんごめん」 謝りながらほんの少し距離を取ってくれた。 少しは考えることのできる人ではありそうだ。 別に僕はコミュ障でも無いし、人見知りとかでも無い。 むしろクラスでは友達も多いし一緒に遊ぶ人もいる。親友はいないかもしれないけど。 しかし、ここまで初対面の異性の人間に迫られれば混乱するだろう。いきなり人の頭をチョップしておいて、さらには急接近する人なんてそうそういない。 だから僕は今混乱していただけ。当たり前なだけ。とにかくこの人は他の人とはかけ離れた変人なだけだ。 ようやく、頭が回り始めて来たので、少女に挨拶をする事にした。 「松坂 良だけど、何のよう?」 「…いい名前だね」 先ほどのワクワクとした顔ではなく、何処か羨ましそうに僕の事を見つめる彼女は少し悲しそうに見えた。 「花ちゃん、薬飲む時間だから来てねー」 遠くから看護師さんの声が聞こえて、それから彼女はバイバイと一言って振り向き病室を出ていった。 それから数十秒後、落ち着きの取り戻した病室に戻っている事に気づく。緊張していた体から力が抜けて脱力感に襲われた。 それにしても、よく竹田さんは怒らなかったものだ。 あれだけ騒がしいと文句の一つや二つを言われそうだったけれど。 「はぁー、めんどくせぇ奴」 「おい、小僧!」 油断した。 脱力していた体がもう一度力む。 「すみません」 「あぁ、仲良くしてやってくれ」 「はぁ?」 「溜息は叩くんじゃないぞ」 「はい」 仲良く。? 誰と仲良くしろと? 竹田さんか、それともあの変人と? どちらも嫌に等しい。それに今は他人に構っていられるほど余裕はない。考えることが増えるのも面倒だ。 それから、何を考えていたかは覚えてはいないけれど、母が服や歯磨きセットやら薬やらを取って来てくれた。 こんな状況に対して、母は何事もないかのように僕に接して来ていたが、逆に怖くなる。 まぁ、そんな心配をしても変わらない。とにかく早く寝たい。細かい先のことなんて考えたくもない。 けれど、明日は注射とレントゲンと脊髄の病気の可能性があるということもあり背中に針を刺す事になっている。 めちゃくちゃに怖い。明日なんて来ないでほしい。この時以上にそんなことを思ったことはない。 今の状況も明日の事も全部が不安で仕方がない。命に関わる病気を持っている人の気持ちなんて考えた事もなかったけど、多分毎日を不安と恐怖で生きているのかもしれない。 今僕は、自分がその立場になってようやく気付かされた。 溜息をつきたくなったけれど、なんとか我慢してゆっくりとベットに横たわり目を閉じた。 そして何も考えないように、何も考えられないように眠る事にした。
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