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「えっ、目が見えんの(見えないの)?」
そのとたん、周りにいた女たちの体温が下がったのがわかった。そして、女子たちのひそひそ声。聞こえないようで、聞こえている。
僕は視力を失ってから耳だけで判断し、生きてきた。
「あたし、カンベン」と初めの声がすると、次々に「じゃ、あたしも」、「あたしもじゃ」と言い、その場から立ち去る足音がした。もう誰もいないのか。
その館の番頭が申し訳なさそうに僕の肩を叩く。
「わかってやって下され。みんな、元兵隊さんたちを相手にして疲れとるんや」
「なにもわたしは、特別なことを頼んでいるわけではありません」
そう言ってみたが、番頭はまだクドクドと言い訳をしていた。何を言ってもだめだろうと思い、腰をあげた。
「もう結構です。わかりました。お邪魔いたしました」
そのとたん、番頭の声が明るくなった。
「お帰りですか。あい、すいません」
やれやれと思ったんだろう。きっとえらがはり、ごっつい感じの男で、大きな目は決して笑わない、そんな感じの男だろうと推測できる。
ほら、目が見えなくてもわかるのだ。
「あ、待って」
右手の奥の方からか細い囁くような女の声がした。その、待っては誰に対して発せられたのか。それでも僕が足を止めたのは、どこかで聞き覚えのある気がしたから。
「なんじゃ、百合ちゃんかいな。まさか、お前さん、このお方のお相手をしようってわけじゃ……」
とんでもないモノ好きだとあきれるような言い方だ。
「大丈夫かいな」
「はい、大丈夫です。いいですよね。こちらへ」
近くで聞くその声、そしておしろいの匂い。細い指が僕の腕をつかむ。誘導されるがままに足を動かしていた。
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