心の目であなたを見るから

2/6
3人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ
 僕は戦争中、マニラで高熱を発し、目が見えなくなっていた。その後、すぐに敗戦となり、捕虜になったが、なんの役にも立たない僕は一番先に日本へ戻された。  実家は残っていたが、戦争に行った父と長兄、次兄は帰らぬ人となっていた。実家を切り盛りしているのは長兄の嫁。他にも次男の嫁と子供たちがいる。視力のない四男が帰ってきても誰も喜びはしなかった。  もちろん、皆、表向きは無事に戻ってきてよかったと言ってくれている。けど、その声色を聞き分けられる僕には、こんな無駄飯食いが帰ってきたとなじっているようにも聞こえていた。  母は健在だったが、嫁たちに気兼ねをしている様子がうかがわれた。毎日の食べ物を手に入れているのが嫁たちだったから。かつての権力を失っていた。  それでもかんたんな農作業や、昔から得意だった竹細工の手伝いならこんな僕でもなんとかできた。しかし、そんなものは今すぐ口に入るモノには代えられない。それでも僕に出される食事は充分腹を満たせるものだった。  ある食事時、幼い甥や姪がささやく声が聞えた。 「なんで叔父ちゃんにはそんなにご飯を盛るの?」 「僕たちももっと食べたい」  そのとたん、しっという空気を切るような音、そして子供たちが押し黙った。  僕はここにいてもお荷物になるだけ、いや、僕がいなくなれば、将来ある子供たちが食べていけるのだ。  その晩、僕は遠慮なしに、義姉がどこからか手に入れた闇米を食べた。おかずはたくあんのシッポだったがうまかった。  翌日、やっと出来上がった竹細工のカゴを三つ手にして実家を出た。  名目は、カゴを売りに行くこと。そしてもうここへは帰らないと決めていた。街へ行けば、視力のないこんな僕でも仕事にありつけるかもしれないと考えた。  そんな覚悟を知ってのことか、年老いた母がわずかなお金をそっと渡してくれた。 「カゴが売れんかったら、こんお金を持って帰りんしゃい。これは最後の最後、家族がもうどうにもならん時に使おうと思ってたお金。あんたが中学の時、隣町へ行って初めて稼いだお金じゃ」  それをきいて思い出した。まだ学生の頃、手先が器用だったから竹細工でいろいろな物を注文されて作っていた。その材料費を稼ぐために力仕事をして稼いだ金だ。その半分を母親に預けたのだ。その後、兄たちが次々と招集された。そしてついに僕にも赤紙がきた。それっきり忘れていたお金だった。それをまだ母が隠し持っていたとは。  ただ飯食い居候の立場にいる僕をかわいそうに思っていたんだろう。もし、カゴが売れなくてもそのお金があれば、堂々と帰ることができる。そういう母心だ。 「大丈夫、僕はなんとかするから。このお金は母さんにあげたもの。自分のために、この家のために使ってください。お体だけは気を付けて」  そう言い残して街へ向かった。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!