月明かりの下で

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月明かりの下で

序章 桜の木の下には死体が埋まっている、なんて話がありますがでは月明かりの下には何がお似合いでしょうか。 よく「月が綺麗ですね」なんて硬派な大和男児が言ったりして、「あたし、死んでもいい」なんてこれまたたおやかな大和撫子が答えたりする。 なんとも浪漫ティックではありませんか。 なんて話しているうちに今宵、月下に照らされて黄金色に輝く芒(すすき)野原にて、硬派な大和男児とたおやかな大和撫子が……おや、逆ですな。 あちらの質実剛健を体現したかのような凛々しい方が大和撫子で、月下にて色白の肌が一層輝き、陶器を彷彿とさせる美しさには芒恥入りさらに頭を下げている、あちらの方が大和男児ですな、あいや失敬。 まぁそのような、一風変わった御二方によるLOVEロマンスなんてのもまぁ、なんとも乙なもんではありませぬかと数奇者の某の血が騒ぎ始めましたがしかし、どうにも様子がおかしい。 大和撫子が背負いたるは刀身が五尺にもなる大太刀、五尺は現代で言えば150cmほどということになりますがしかし彼女の身の丈も六尺でありこちらは現代で言えば180cm、決して見劣りしませんな。 はて、せんちめーとるとは?、不都合なことは忘れてしまいましょう。 話を戻しますと彼女はその大太刀を、錦布に包まれた片腕にて鞘から抜き放ちますと、触れてもいないであろう目の前の芒野原がはらりとなぎ払われました。 本来大太刀は馬上にて馬の走る勢いにて、腕力に頼らず相手を斬り伏せる武器であると申せば、彼女の腕力の異常性が伝わりましょう。 芒には少々気の毒ではありますがな。 一方大和男児の手元には黒塗りの小太刀があるのみ。 大太刀に呼応するかのように抜き放ちましたがまぁなんとも頼りないこと。 大樹の年輪の如く重ねられた刃文を見る限り名匠の作であることは確かでしょうが、しかしまぁ某には宝の持ち腐れに見えてしまいますなぁ、なんせ彼は大袈裟にも小太刀を両手で構えていますから、目の前の片手で構えられた大太刀もあって余計情けない。 まぁそのように某が感想を述べているうちにも物事は動いていきます、諸行無常ですな。 さて、大和撫子が恐るべき速さにて今まさに大和男児を切り捨てようとしている時でありますが皆様、きっとこの急展開に戸惑っていることでしょうから、ここはひとつ、某が双方が如何なる経緯で月下にて斬り結ぶことになったかをお話しましょう。 大和撫子の章 ということでまずは豪傑ぶりを遺憾なく発揮している大和撫子についてお話しましょう。 彼女とて生まれついての豪傑ではござらん。 さる西の公卿の家に生まれ、蝶よ花よと育てられた、大太刀はおろか箸より重いものは持てぬ箱入り娘の姫君でありました。 そんな彼女に転機が訪れたのは今から5年前、彼女が齢十三になった正月の話でして、その日はちょうど東国より武家の大将が彼女の家に招かれ宴が催されてておりました。 さて、宴もたけなわとなってきたところで田楽にも飽きた、何か新しい酒の肴が欲しいという話になりまして、武家の大将が嫡男に剣舞させると申しまして、そのように相成りました。 いつの時代でも酒の席では身内自慢が行われるのですな。 そこで嫡男が帯びたるは五尺はある黒漆塗の大太刀でありまして、それをまるで小太刀でも扱うかのように軽々と振り、飛び跳ね、舞う姿は天女の如し。 酒は進むどころか皆鮮やかな剣舞に見入り、それらを肴にして武家の大将はますます酔っていったということ、まぁ正直この場で武家の大将の話などどうでも良いのですがな。 この話の主役の大和撫子と言えば、その場の他の者と同様に見入るのは勿論、麗しき剣舞の貴公子に人生で初めての一目惚れをしておりました。 宴の後、父君にその貴公子との婚姻はどうかと問われれば恋する乙女はますます舞い上がる一方でして、それではその貴公子に相応しい姫君になろうと心に決めたのでした。 しかし恋とは人を迷わせるもの。 恋する乙女は迷走し、武家の奥方は強かでなければならない、強かとはなにかと言えば箱入り娘は先の宴で見た剣舞しか知らない、のであればあのように大太刀を振ることこそが強かさであると思い至ってしまいました。 そして姫君は幼き頃より読みふけった様々な読み物を思い出し、こともあろうか武者修行を敢行することを決意しました。 本来であればここで爺やあたりが止めるところでしょう、しかし昔はなのある武人であった彼女の爺やはこの時代にしては珍しくリベラルな発想の持ち主でして、赤子の頃から仕えているこの姫君が望む夢はできるだけ叶えてやりたいとそう思ったとか。 ともかく偶然に偶然が重なったある日、公卿の家から爺やと姫君、そして家宝の錦包の大太刀が忽然と消えまして、都の人々は鬼が爺やを喰らい、姫君と家宝を盗み去ったと噂し、父君もまたその噂を信じました。 当人たちは数年もすれば帰るつもりでしたが、それどころではない、帰れば爺やの首が危ないと流石に気付きました。 それから五年。 姫君は鬼のような強さを誇る女剣豪として天下に名を轟かせておりました。 そんなある日、食客として招かれておりましたとある武将に、敵将の暗殺を頼まれました。 本来暗殺など雑兵のすることなれど、一宿一飯の恩のある他ならぬ彼の頼みでは断れまいと姫君は快く引き受けました。 どうやら敵将は都かぶれの優男であり、夜な夜な月下笛を奏でているということで、それならば朝飯前であると彼女は一笑に付し、そうして今月明かりの下その優男を斬り捨てようとしていると、このようにつながるのですな。 大和男児の章 さて、先程より散々こきおろしております大和男児についてですが、まぁ実はそれなりに立派な人物でして。 某がここまで散々こき下ろしたのも、ここから持ち上げるための所謂「フリ」ですな。 それではお聞き頂こう。 今から二十年前、彼はとある武家の棟梁の嫡男として生まれ申した。 一大勢力を築き上げ、西の大将軍と天下を二分する事となった彼の父君は、天下統一へ向け都の朝廷へ取りることに致した。 そうして都の貴人たちとも仲睦まじくなり、度々邸宅に招かれるようになり、官位も得たとか。 ですがまぁ影では笑われていたようです、所詮卑しい人殺しと。 で、そういった陰口に年頃の少年であった彼はかなり敏感であったでしょうな。 常に公達に劣等感を感じ、彼らには出来ぬことーつまりは武芸を磨き続けたところ、齢十五になるころには周囲に彼に及ぶものはいなくなったとか。 そうしたある日、とある公達の邸宅に呼ばれた時に彼の人生の転機が訪れた。 宴の席にて公達は酒の肴にと、娘に雅楽の笛を披露させることに相成りました。 いつの時代でも酒の席では身内自慢が行われるのですな。 姫君の見事な腕前に皆感じ入り、それは彼もまた同様であり、麗しき姫君にただただ見惚れていたそうな。 武錬にあけくれていた彼の、初恋であった。 宴の後、彼は武芸を極めるうちに知らず見下していた公卿の文化も「良きものである」と思うようになったとか。 それとともに彼は彼が目指すものは父が目指すような公卿の仲間入りではないが、これまで自分が望んでいた武人としての頂きでもないと思い直したと。 自分が天下を統一した暁には武人も公家も付き従える、あらゆることに精通した君主になるべきである、そのためにまず今は見下していた公卿の文化を学ぼうと、そう決意したとか。 まぁこれは建前で本音は彼女の気を惹きたかったとかなんとか。 それ以来打って変わって公家の文化に親しむようになりつつ、武芸はさらに至高の領域へと至り、弘法大師が筆を選ばぬように彼も武器を選ばなくなり、あらゆるもの、例え手に携えるものが小枝であっても相手より先に相手の間合いの内へと入り、討ち取るとさえ称される腕前へと至ったそうで。 そうした中で天下統一へ向け、西国の大将軍に属する武将を討ち取るべく軍を進めた先にて雅な芒野原があったため、優雅に笛を奏でていた、こういうことでつながるのですな。 終章 まぁそういうことでありますから、大和撫子の一太刀で簡単に討たれる大和男児ではござらぬ。 しかし、修練を極めて以来初めて、彼もまた相手の間合いの内、小太刀が届く間合いに入れずにおりましたので状況は拮抗状態へと相成った。 皆様がたもうお気付きではあろうが、双方ともに今相対しているのは初恋の相手、今の自分があるきっかけでありまして、しかしお互い気づかないのがなんとまぁもどかしい。 先に気付いたのは大和男児の方であった。 記憶力が優れていたとか、能力的に勝っていた訳ではなく、ただ単に剣舞において彼は終始動いていたのに対し、雅楽において彼女は終始不動であったため顔を記憶できる時間が多かったのである。 やはり後に天下を統一する男の判断は優れていた。 瞬時に動揺から立ち直ると、即間合いを詰め鍔迫り合いの形に相手を付き合わせつつ「月が綺麗ですね」とまぁこのように述べたたとか。 顔が至近距離にあり、かつ月に照らされ彼の狩衣に記された唯一無二の家紋が照らされたことで流石に彼女も気付いたのでしょうが、果たして彼女の答えや如何に。 これより先、恋模様については某は述べませぬ。 勝手に想像召されい。 何故ならば某は数奇者であるからして、人の恋路に首を突っ込む、なんて野暮なことは致さぬ。 彼女らの恋は二人だけのものでありますからして。 それではこれで失礼致す、御免。
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