いつか千の手が首に手をかける

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 晴れ渡った秋の空。今年のそれを見ることなく、彼女は逝った。 『いつか千の手がその首に手をかける』  第一発見者となった私は、現場に残されていたメモを、とっさに隠した。  遺書は別に置いてあった。『彼女らしい』内容の遺書だった。 「最後まであの子は……」  遺書を読んだ人は皆、そう言って泣き崩れた。  そう、彼女は最後まで『彼女』を演じて、その舞台から飛び降りた。 『いつか千の手がその首に手をかける』  その言葉は、いつか私がノートに吐いた言葉、そして入院仲間との外出中に冗談めかせて歌い、「笑えないから~」と、皆の失笑を買った言葉だ。説明もせず、鼻歌のように歌っても、通じた言葉だ。  幸いにも、私は完治した。ノートに記したその言葉は、ページを開かないことによって、忘れたことにしている。  だが、彼女は最後の言葉として、書き残した。  私は部屋に1人になって、メモを見つめた。書道を習っていた彼女らしい、雄弁に語る筆跡。 「そのときは私も、手を貸す1人になるからね」  メモがにわかに震えた。  私は目を閉じて、大きく息を吐いた。
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