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「そのように恥ずかしがらずともよい」
蒸気が見えるほど真っ赤になった俺に、天王寺はどこか嬉しそうに言ったが、そんな恥ずかしすぎることなんかできる訳がないし、してもらいたくもない。
そもそもこいつの頭の中が異常すぎるだろう。
絶対に天王寺家に行くわけには行かない。俺はこの状況を打破するべく、標的を増やすことを考える。
「浅見さんと一緒がいいっ」
ヤケクソでそう叫べば、天王寺の視線は自然と浅見に向く。当然巻き込まれた浅見は、ズレた眼鏡を正しながら、一歩だけ下がった。
「姫木、俺を巻き込むな!」
「助けてください、浅見さん」
天王寺から逃れるには、もう浅見の手を借りるしかないと、俺も必死だ。このままでは天王寺のいいようにされてしまう。本当に冗談じゃ済まされなくなる。
あんなことまでしちゃった仲だけど、まだ戻れるんじゃないかって、僅かな望みを捨てた訳じゃないんだ。
「冬至也、どういうことなのだ」
冷たい、冷たい声が浅見にかかる。俺が一緒にいたいなんて言ったから、天王寺の機嫌が下降したのは一目瞭然。
「俺は姫木といるつもりはない」
「姫が共にいたいと申しておるのにか」
「断る」
きっぱりと断られ、俺は泣きそうな顔でさらに助けを求める。
「嫌だよぉ、浅見さんといる、絶対一緒にいるッ」
もう何でもいい、誰でもいい、俺を天王寺から助けてくれと、藁にも縋る思いで俺は顔を歪める。この状況から救い出して欲しいと。
「姫、何ゆえに冬至也がよいのだ」
泣きそうな声をあげた俺に、天王寺は眉を下げて俺に問う。
「水月でもいいからぁ~」
「誰でもよいというのかっ」
「いい、お前じゃなきゃ誰でもいいからっ」
混乱して錯乱中の俺は、天王寺以外なら誰でもいいと叫び出していた。当然、誰でもいいなどといった俺に罰が……
「んんっ、ん――ッ!!」
腕に抱いた俺に、天王寺はいきなりキスをしてきたんだ。しかも噛みつくような激しい口づけ。
「そのような戯れ言、聞き耳持たぬ」
ピシャリと言い放った天王寺は、さらに俺に口づけを与える。
「やぁ、……ぁ、やめ……ろって、んあぁ、んふっ……」
「止めぬ、姫が私を選ばぬというのなら、私しか見えぬようにするまで」
「だから、んんっ……、お前なんか選ばないって、ぁ、んんっ……っ」
何か声を発するたびに塞がれる唇に、俺は何度も首を振ったけど、獣のように追ってくる天王寺からは逃げられず、俺は周りに人がいるのも忘れて、激しい口づけを何度も何度も受け入れる羽目になっていた。
いつしか唇は赤く腫れ、俺の焦点もあやふやに。腕の中でくったりとしてしまった俺を満足そうに抱える天王寺は、垂れた腕に俺から力が抜けたことを知ると、「姫を医者に診せるがゆえ、私は戻る」などと、どこか嬉しそうに吐き捨てると、スタスタと資料室を出て行く。
もちろん残された者は、その後姿をただただ呆然を眺めるだけ。
俺の身に何が起こったのだろうか……。気だるい身体を天王寺に預けたまま、俺は運ばれていく。
が、しかし、外に出た瞬間、一際強い風が吹き、俺はなぜかそこで唐突に覚醒し、いきなり暴れ出して天王寺の腕から逃れた。
「姫ッ!」
背後から俺を呼び止める声がしたが、俺は全力疾走で走り抜け、停留所に止まっていた出発目前のバスに乗り込んだ。
とりあえず、天王寺の足がどれだけ早くても、バスには追いつけない。
俺は立ち尽くす天王寺を窓から眺めながら、呼吸を整えて空席に着く。
(ほんと、何考えてんだあいつは)
羞恥心を持っていないのか?! 心で叫んだ俺は、そっと唇に触れていた。
甘く溶かされる天王寺のキス。それが嫌ではないと、自覚したら急に恥ずかしくなって、俺は鞄を抱きしめて蹲る。
あいつは男だ、男なんだぞ。それも超金持ちで、イケメンで、女の子が放っておかないほどのルックスと秀才。なのに、なんで俺なんだ。
全然分からないと、俺は揺れるバスの中で一人身もだえていた。明日、どんな顔して学校に行けばいいのか、そんなことばかり考えてしまうあたり、自分も大概だと、全身を赤く染めていった。
◆◆おわり◆◆
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