プロローグ

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プロローグ

 おなかがすいた。喉も乾いた。    わたしは山野花子。25歳にして人生を積もうとしている。それにしても、なんて暑い砂浜だろう。今年は猛暑だというが、なんだか現代日本じゃない気がするほど異様な暑さだ。  仕事は一週間前、衝動的に辞めた。理由は色恋沙汰だ。こんなこと、話のネタになるかもしれないけれど、職場の上司にどう説明して良いのか分からない。  現に、辞めた日、「これで辞めます」と言ってみたけれど、「えっ、辞めるの、何言ってんの、お昼食べてきなよ」と、牛乳瓶底お局チーフは本気にしてくれなかった。  確かに、辞める理由が見当たらなかったからだろう。別にわたしは職場に不満は抱いていなかった。それなりにのんべんだらりと楽しくやって、それなりに給料をもらっていたから。  (こころちゃん、泣いてるかな)  心優しく可愛らしい後輩、今年大学を出たばかりの岡田こころちゃんのことを思いだすと、胸がちくちくする。  ああ、わかってる。彼女だって辛いんだ。誰も悪い人なんかいない。どうしようもなかったんだろう。  わかってる。わかってる、けれども。  お金はなかった。  アパートは解約した。  誰も知らないところに行こうと思い、さっきバスに乗ってこの浜までやってきた。バスから降りて、ブブウと走り去るバスを見送ってから、あれっ、カバンがないぞと気づいた。    カバンだけに、カムバック、とか、一人でうまいこと言った。全然面白くなかった。    白い砂浜には誰もいない。波は綺麗で海は穏やかだ。  こんなに素敵なビーチなのに、誰もいないなんて。よっぽど、ここはさびれているのだろう。  ずぼずぼ砂の中を歩いているうちに、暑さのせいで頭がぐらぐらした。あー、もうダメだ、倒れる。そしてわたしは、バタンと砂の中に埋もれたのだった。
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