花子、何がなんだか、家政婦になる

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 サカってるだと。  あんまりな言い方だ。浦島さん位のハイレベル美青年は、もはや人類の共有財産だと思う。モナ・リザやミロのビーナスと同じ。鑑賞してナンボ。  「目つきが厭らしい、このケダモノ盛り」  かめさんは眉間にしわを寄せた。心の底から嫌そうだった。  わたしたちを挟んで、浦島さんは一人優雅だ。くいっとグラスのジュースを飲み干し、「癒しの浦島」のTシャツを風にはためかせながら立ち上がった。憂いを帯びた横顔にはかなげな微笑みを浮かべている。  「仕事だよ、かめ」  と、浦島さんは言った。  かめさんは、わたしを憎らしそうに睨みつけてから、立ち上がった。もりもり筋肉のかめさんと、風に吹かれて揺れそうな風情の浦島さん。並ぶと壮観。  「このメス、ここにいるからには、何か仕事をさせなきゃ」  と、かめさんは浦島さんに言った。メスって、わたしのことか。    「助けて頂いて、本当にありがとうございます。なにかお手伝いできることがあれば、何でもさせてください」  わたしはかめさんを無視して、浦島さんに話しかけてみた。    浦島さんは微笑んだ。そして、すっとテーブルを回ってわたしに近づくと、優しく手を取った。不思議なほど澄んだ瞳が、わたしをまっすぐ見つめている。  「花子さんの傷は、夏が癒してくれる。夏の間は、ここに留まって休んでいくといいね」  浦島さんはそう言った。    会話がかみ合っていないけれど、浦島さんの声を聞くだけでもう、頭の中がお花畑だ。そうか夏が癒してくれるのか。そうかここに留まって良いのか。問答無用の説得力で納得させられてしまう。そこに常識だの理屈だの、入り込む余地はない。  「僕の仕事の手伝いをしてくれるとありがたいです。かめ、色々と教えてあげて。夏の間、花子さんは僕らの家族だ」  と、浦島さんはにこにこと言った。そして、ふわっと踵を返した。海風の中に花びらが舞い散るみたい。うっとりしている間に、浦島さんはバルコニーから中に入ってしまった。
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