36人が本棚に入れています
本棚に追加
プロローグ
おなかがすいた。喉も乾いた。
わたしは山野花子。25歳にして人生を積もうとしている。それにしても、なんて暑い砂浜だろう。今年は猛暑だというが、なんだか現代日本じゃない気がするほど異様な暑さだ。
仕事は一週間前、衝動的に辞めた。理由は色恋沙汰だ。こんなこと、話のネタになるかもしれないけれど、職場の上司にどう説明して良いのか分からない。
現に、辞めた日、「これで辞めます」と言ってみたけれど、「えっ、辞めるの、何言ってんの、お昼食べてきなよ」と、牛乳瓶底お局チーフは本気にしてくれなかった。
確かに、辞める理由が見当たらなかったからだろう。別にわたしは職場に不満は抱いていなかった。それなりにのんべんだらりと楽しくやって、それなりに給料をもらっていたから。
(こころちゃん、泣いてるかな)
心優しく可愛らしい後輩、今年大学を出たばかりの岡田こころちゃんのことを思いだすと、胸がちくちくする。
ああ、わかってる。彼女だって辛いんだ。誰も悪い人なんかいない。どうしようもなかったんだろう。
わかってる。わかってる、けれども。
お金はなかった。
アパートは解約した。
誰も知らないところに行こうと思い、さっきバスに乗ってこの浜までやってきた。バスから降りて、ブブウと走り去るバスを見送ってから、あれっ、カバンがないぞと気づいた。
カバンだけに、カムバック、とか、一人でうまいこと言った。全然面白くなかった。
白い砂浜には誰もいない。波は綺麗で海は穏やかだ。
こんなに素敵なビーチなのに、誰もいないなんて。よっぽど、ここはさびれているのだろう。
ずぼずぼ砂の中を歩いているうちに、暑さのせいで頭がぐらぐらした。あー、もうダメだ、倒れる。そしてわたしは、バタンと砂の中に埋もれたのだった。
最初のコメントを投稿しよう!