【2:モテモテ仲也】

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【2:モテモテ仲也】

◆◇◆ 「どうした? 何してるんだ?」  背中のほうから聞こえた声に振り返ると、日焼けした顔に怪訝な表情を浮かべた仲也が立っていた。 「あっ、おかえりナカ君! なんでもないよ~」  美奈がそう言いながら、僕の本を鞄に入れるのが見えた。 「いや……あの……」  僕はついついしどろもどろになる。『もし僕』のことを仲也に言ったら、俺にも見せてくれと言われるに決まってる。 僕の想いが白日のもとに晒される危険が高まるからそれは避けたい。  こんなことなら、こいつら二人に『もし僕』が凄く面白いなんて、教えるんじゃなかった。  僕は昔からSF小説やアニメ、特にタイムリープ物が大好きだった。タイムリープってのは時間跳躍って意味で、過去や未来に飛んでいく話だ。  子供の頃は本気で色々とタイムリープにチャレンジしてみたけど、これまでに成功した試しはなかった。まあ当たり前だけど。  そんな僕の趣味は、他の同級生たちには興味がないようで、僕は変わった趣味のオタクだと周りのみんなから笑われた。  けれども美奈と仲也だけは、興味を持って僕の話をよく聞いてくれた。だからタイムリープ物の最高傑作だと名高いこの本が発売されたことを、僕は嬉しくて二人に教えたんだ。 「じゃあ帰ろっか!」  美奈はにこにこしながら、あいも変わらぬ無邪気な声を仲也にかけた。 「待たせて悪かったな」  仲也がそう言って、僕も仕方なく三人並んで歩き出す。  三人とも家は歩いて通える範囲で同じ方向だから、いつも一緒に歩いて下校している。僕は美奈の鞄の中の本に、いや正確にいうと本の中のメモに気が気でなかったけど、どうしようもない。 「うおっ!」 「きゃっ、ごめんなさい!」  急に声がした方に目をやると、知らない女子生徒が仲也の背中にぶつかったらしく、頭を下げて謝っている。 「いや、大丈夫だよ」  仲也が爽やかな笑顔を見せると、その女子生徒は友達らしき女の子と一緒に、きゃっきゃっと声を出しながら離れていった。 「きゃあ、中谷センパイに触っちゃった」 「あんた、わざとぶつかったでしょ?」 「わざとじゃないよぉ」  二人でワイワイはしゃぎながら、楽しそうに走り去っていく。  仲也はやっぱり人気者だな。ああ羨ましいよな。 「ナカ君は、相変わらずモテるねぇ」 「そんなことないって」  美奈がにやりとして冷やかすと、仲也は頭をかいて苦笑いを浮かべた。 「仲也はホントに凄いよなぁ。イケメンで背も高いし、サッカーがうまくて、おまけに成績優秀で、下級生にもモテモテだもんな」 「おいおいヨシキ。からかうのはやめてくれよ」 「からかってなんかないよ。ホントのことだし」 「いや、最近は成績は下がってきてるし、からかいだぜそれは」  そう言えば高二から徐々に仲也の成績は下がってきている。とはいってもまだまだ学年でも上位だし、二年生の途中からサッカー部のキャプテンを任されたんだから、それくらいは仕方ないだろ。  全然からかわれるようなレベルじゃない。ハイスペックなことに変わりはない、と僕は思う。 「いいえ、ナカ君はモテモテで、モテモテだねっ!」 「美奈は俺をバカにしてるだろ?」 「してないよっ!」 「お前はいつも楽しそうだな」 「うん、楽しいよ。だってナカ君ヨシ君、二人がいるからねっ」  美奈も仲也も、本当に楽しそうだけど、僕は美奈が持ってる本に気が気じゃない。  バカ話をしていると、あっという間に僕の家の前に着いた。 「じゃあな、ヨシキ」 「またね、ヨシ君!」  三人の中では僕の家が一番近い。先に別れなくてはいけないのは最悪のシチュエーションだ。 「なあ美奈。さっきの返してくれよ」 「さっきのってなんだよ?」  仲也の質問に、美奈はさあねぇと、にやりとする。 「行こうよ、ナカ君!」  美奈に急かされた仲也は、もう一度僕に顔を向けて、じゃあなと手を振った。  くそっ、逃げられた。これ以上追いかけるのは、仲也に変に思われる。  楽しそうに話しながら歩いていく二人の背中を、僕は見送るしかなかった。  家に入ってすぐに居間でスマホを取り出して、急いで美奈にメッセージを打つ。 『その本、まだ読み終わってないから明日返してくれよ。学校に持ってきてな』  あのメモはホントに見て欲しくない。万が一見られたら、エライことになる。  小学校から仲良しだった美奈を、女の子として意識しだしたのは中二の頃だったと思う。  その笑顔や仕草や香りにドキッとすることが段々と増えて、美奈がキラキラと輝いて見えるようになっていった。  中三の頃にはもう、異性として好きだってことを自覚してた。だから僕は美奈と同じ高校を選んだくらいだ。  だってさ、学校イチ可愛いって言われる女の子が、いつも自分の近くにいるんだよ。好きになるなって方が無理かもしれない。  だけど僕は、美奈に対する気持ちを、誰にも気づかれないようにずっと心の底に押し込めてきた。  ──それには理由がある。  ひとつは、僕の美奈への気持ちがばれることで、三人の仲良し関係がギクシャクするのが嫌だからだ。  もう一つは自信がないから。  どう考えても学年イチの人気女子である美奈には、モテ男子の仲也の方が絶対にお似合いだ。  背の高さも百八十センチはある仲也と、百六十センチの僕では見栄えも段違いだし、文芸部のオタク男の僕なんて、仲也に敵うはずがない。小学生ならともかく、高校三年になった今でも、この三人でいつも仲良くしているのが不思議なくらいだ。  スマホの画面を眺めていると、二階からばたばたと階段を降りる足音が聞こえた。 「おかえり、お兄ちゃん!」  満面の笑みで居間に入ってきたのは、妹の愛理(あいり)だった。 別に兄である僕のことが好きで、にこにこしているワケじゃない。 「今日も仲也さん、カッコよかったねぇ~」  仲也の姿を、二階の自分の部屋から見てたのだろう。 愛理は以前から仲也のことが大好きなんだ。 顔がにやけてへにゃへにゃになってる。  兄の僕が言うのもなんだけど、一つ年下の愛理はかなり可愛い。 下の学年では一番可愛いという評判を聞いたことが何度もある。兄に似ず、確かにアイドルみたいな顔をしている。  ただ性格があけっぴろげで、なんでも遠慮がないのが厄介なやつだ。  まあそんなところも明るくてさっぱりした性格だと、人気に拍車をかける要因にもなってるみたいだけど。  その愛理が、突然とんでもないことを言い出した。 「ねえ、お兄ちゃん。いつになったら美奈さんに告白するの?」
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