【3:妹、愛理】

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【3:妹、愛理】

◆◇◆ 「ねえ、お兄ちゃん。いつになったら美奈さんに告白するの?」  へっ? こいつはいったい何を急に言い出すんだ?  僕が美奈を好きだってことは、もちろん妹にも言ってない。だから急にそんなことを言われる意味がわからない。 「な……なんのことだよ?」 「お兄ちゃんが美奈さんとくっついちゃえば、私は仲也さんに告白しやすくなるんだよねぇ」  ああ、そういうことか。自分自身のために、僕と美奈がくっつけばいいのにってことな。 「そんなこと関係なく、仲也に告白したらいいじゃん」  そうだ。もし愛理が仲也と付き合うことになったら、僕が美奈を好きだと言いだしてもきっとギクシャクすることはない。 とは言っても、僕が美奈に告白する勇気なんて持てっこないけど。 「そんなことできないって! 仲也さんと美奈さんはお似合いのカップルだってみんな言ってるし、美奈さんがいたら仲也さんに告白しても、うまくいかないよぉ」 「その理屈からしたら、僕が美奈に告白してもうまくいかないよな」 「あっ、そうだね……」  愛理はしょぼんとした顔でうつむいた。けれども、すぐに笑顔で顔を上げた。 「だからお兄ちゃんが魅力的な男になって、美奈さんに好かれたらいいんだよ!」  いや、別に僕は美奈に嫌われてはないよ。だけど男性として好かれてるかといえば、それは自信はない。そんな簡単に言うなよ。 「そんなの無理だ」  僕の言葉に、愛理はまたしょぼんとした顔つきになった。 「無理だよね……」  すぐに同意するかい? そこは妹として、そんなことないって否定してほしかったな!  ──まあでも、現実を見ると仕方ないか 「でもさ、愛理。前から言ってるけど、仲也と美奈は付き合ってるわけじゃないぞ」 「うん、何度も聞いてわかってる。だけどあの二人、学校一の人気男子と人気女子じゃん。付き合ってるって方が自然だよ」  愛理の言うとおりだ。隠してるだけでホントは二人は付き合ってるに違いないって、学校のみんなが思ってる。だけど一番近い僕には、それは根も葉もない噂だってわかってる。 「お兄ちゃんとあの二人が大の仲良しだって方が不自然だよ」  あはは、そんな言い方するな。僕にもなぜだかわからない。だけどそれが事実なんだよ。 「まあ、とにかくがんばってよね、お兄ちゃん!」  妹に励まされても、なんにもできない兄って情けないけど仕方がないよな。仲也とは持って生まれたものが違うんだ。スポーツも勉強もできてイケメンなんて、ドラマ以外にはなかなかいないだろ。  僕はあまりにも暗い顔をしてたんだろうか。愛理はにこりと笑って、僕の肩をぽんぽんと叩いた。 「お兄ちゃんはお兄ちゃんのいいところがあるからさ。そんな顔しないでがんばれ」 「そ……そっかな?」 「あ、ああ。えっと……たぶんね」  なんだよ、その自信なさげな苦笑いは!  ──って思ったけど、僕を励ましてくれてるのは痛いほどわかる。  妹に心配かけるのもなんなので、ありがとうって笑顔で返すと、愛理は笑顔を浮かべて自分の部屋に戻っていった。  でも仲也の凄いところの一つでも自分にあったらなぁ。  僕は無意識に、はぁっとため息をついてしまってた。  あ、そういえば、そろそろ美奈が家に着いて、ひと段落した頃じゃないか。そう思ってスマホに電話をしてみたけど、美奈は出なかった。  夕食の後にももう一度電話をかけたけど、やはり美奈にはつながらない。これ以上遅い時間に電話をするのも気がひける。後は美奈が、明日までに本を開かないことを祈るばかりだ。 ◆◇◆ ─五月下旬の木曜日─  翌朝学校に着くと、すぐに隣の美奈のクラスに行った。僕の姿を目にした美奈は、一瞬顔をそらして目を伏せたように見えた。ま、まさか……あのメモを見られたんじゃなかろうか? 「あ、美奈。おはよう」 「えっ? あ、ヨシ君か。おはよう」  僕が声をかけると、美奈はまるで今気がついたように僕を見て、挨拶を返した。もしもメモを見られてたとしたら最悪だ。僕は探るように美奈に尋ねる。 「昨日電話したんだけど……」 「あっ、ごめん。今朝まで気がつかなかったんだ」  美々は苦笑いを浮かべて、左手の人差し指で頰をぽりぽりと掻いてる。 「ほ、本は持ってきてくれた?」 「あはは、ごめん。忘れたよー (うち)に置いてある」  美奈はあっけらかんと答えた。 「まだ読み始めてないから、読み終わるまで待ってよ~」  ということは、僕のメモをまだ見てないってことだな。それは良かった。だけど美奈が本を持ち続けたら、いずれは見られてしまう。 「それ、僕もまだ読み終わってないんだよ。一日もあったら読み終わるから、一旦返してよ」 「ええ~っ?」  美奈は口を尖らせて、すねた顔になる。  喜怒哀楽を素直に出して、ころころ表情が変わるのが美奈の魅力の一つだと思う。見慣れた顔なんだけど、こんな表情は可愛いすぎてドキッとする。  普段一緒にいることは多いけど、こいつのこんな顔を見たら、心の底に押し込めた想いがついつい溢れてくるんだよなぁ。 「早く読みたいなぁ。先に読ませてよ。ねっ!」  今度は笑顔でウィンクをする美奈。こちらもめっちゃ可愛くて、ついつい「いいよ」って言っちゃいそうだけど、そんなわけにはいかない。 「だーめ! 絶対に今日返してもらう。帰りに美奈の家まで、一緒に取りに行くから」 「うーん、ケチっ!」  そう言いながらも、ようやく美奈は諦めてくれたようだ。とにもかくにも、僕はほっと胸をなでおろした。 ◆◇◆  放課後の部活終わりに、いつものように三人で校門で待ち合わせて、並んで下校路を歩く。自分の家に着いてもそのまま歩く僕に、仲也は(いぶか)しげに訊いてきた。 「あれっ? どっか行くの?」 「うん。美奈に貸してる本を返してもらおうと思って」 「なになに? 何の本?」  仲也が興味深そうな顔をする。答えようかどうか迷ってるうちに、美奈が口を開いた。 「前にヨシ君が、めちゃくちゃ面白いって言ってた『もし僕』って本だよ。昨日無理矢理借りちゃったんだけど、返せっていうんだよ。ひどくない?」 「いやいや、まだ僕が読み終わってないんだ。だから読み終わるまで待ってよと言ってるだけだよ。ひどいのは美奈の方だろ?」 「そりゃ悪いのは美奈だ。早くヨシキに返してやらなきゃ!」 「ええ~っ!? 二人して私を悪者にしようとしてるぅ」  肩をすぼめて口を尖らせる美奈に、仲也がにやけながら責め立てる。 「しようとしてるんじゃなくて、お前は悪者なんだよ!」 「ええ~っ? ひっどぉい。えーん、えーん」  美奈が両手の指で目を抑えて泣き声を出すのを見て、今度は僕が美奈を責める。 「こらっ! 嘘泣きはやめなさい!」 「てへっ、バレたか」  美奈が舌をぺろっと出して笑うのを見て、僕と仲也は声を出して大笑いした。つられて美奈も声を出して笑う。 「あはは! あはははははは!」 「美奈はいつも楽しそうだな」 「楽しいよ。だってナカ君ヨシ君、二人がいるからねっ」  バカみたいだけど、めっちゃ楽しい。  これだから──  これだから、この三人の関係を僕は崩したくないんだ。やっぱり美奈への想いは、心の底に押し込めておくのがいい。  ──僕は改めてそう思った。
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