【4:大切な本をごめん】

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【4:大切な本をごめん】

◆◇◆  少し歩いて仲也と美奈の家への分かれ道まで来ると、仲也はじゃあまた明日と手を振った。 「あ、その本、美奈が読み終わったら、俺にも貸してくれよ」 「うん、了解」  僕が笑顔で答えるのを見てから、仲也は僕らと違う道の方へと歩いていく。  僕と美奈は雑談をしながらまっすぐ歩いて、そこからすぐの美奈の家に着いた。 「取ってくるから、ちょっと待ってて」  美奈の言葉のとおり、玄関先で彼女の戻りを待つ。とにかくあのメモを美奈に見られずに済んでよかった。あんなのを見られたら美奈と気まずくなるし、仲也と三人で今までどおりの関係でいられなくなる。 「お待たせ」  玄関扉を開けた美奈の手には、例の単行本が握られていた。僕はほっと安堵の息をついて手を伸ばした。  その時美奈は玄関の床につまずいたのか、ふらついて手にした本を落としてしまった。ばさりと音がして、本が床に着地する。 「あ、大切な本をごめん!」  ──やばい!  僕はあわてて地面に落ちた本に手を伸ばしたけど、美奈が素早くしゃがんで先にそれを拾い上げた。 「ん? なにこれ?」  美奈が手にした本から、白い紙が斜めにはみ出している。 「あっ、あっ、あっ! 何でもないよ!」  美奈から本を奪おうと手を伸ばしたけど、彼女はさっと僕の手を交わして、紙を本から引き抜いた。 「なにこれ? ヨシ君の字だよね。『君が好きだ。大好きだ』……ってラブレター?」  美奈が目を丸くして、大きな声をあげた。 「ヨシ君、好きな人がいたの?」  最初の部分だけ見て、美奈は見当違いな台詞を吐いた。今ならまだ間に合う。これが美奈に宛てたものだと知られる前に── 「返して! 見ないでくれ!」 「やだよ。興味あるもん」  俺が伸ばした手を、また美奈は体をねじって軽やかに交わした。ダンス部のエースと文芸部の運動不足野郎では、勝負にならない。  美奈はその先の文章に目を通すと、さっと表情が固まった。 「あれ? あの、これ……私のこと?」  ああ、最悪だ! 美奈に見られてしまった。これで今までみたいに美奈と仲良くすることはできなくなる。きっとギクシャクして、僕たち三人の関係も終わってしまうんだ。  なんとかしてごまかさなきゃ! 「いや、あの……冗談」 「えっ? 冗談? こんなこと冗談で書くの? 信じられない」  美奈は動揺してるような、怒ったような声を出した。まずいよこれは。だけど、どう返答したらいいのかわからない。 『君が好きだ。大好きだ! 中学校の頃からずっと、高校生になった今も好きだ。この想いが、僕の大切な人、美奈に伝わりますように』  確かにこんな文章を、友達の名前入りで冗談で書くヤツなんて普通はいない。  もしいたら、キモいやつだと思われる内容だ。  だけど、本音です、なんて能天気に答えるわけにもいかない。どう言い訳したらいいんだよ?  突然妹の愛理の、「いつになったら美奈に告白するのか」という言葉が頭に蘇った。いっそこれをチャンスに、(こく)ってしまうか?  いやいやいや、三人の関係を考えるとやっぱりそれはダメだ! 「ヨシ君、なんで黙ってるの? ホントに冗談であんなことを書いたの? ヨシ君って、そんなことする人?」  美奈が真顔で睨んでる。こりゃ、ホントにまずいよ! 「いや、実は冗談じゃなくて……」 「本気ってこと?」 「いや、あの……」  美奈はまた怒ったように僕を睨んだ。本気と言うのもまずいし、冗談もまずい。僕はいったいどうしたらいいんだ?  その時、美奈がいきなり僕の手首をつかんだ。 「ちょっと中に入って!」  玄関の中に引っ張り込まれて、美奈はカチリと玄関の鍵をかける。  ──いったい何が起きたのか? もしかして殴られる? 「近所の人が通りがかったんだ。玄関先で言い合いしてるのを見られるのは恥ずかしいじゃん」  美奈は玄関扉を閉めて、ほっとした表情を浮かべた。別に鍵までかける必要はないと思うけど、美奈も相当焦ってるみたいだ。  でもこの状況だと、走って逃げることもできない。狭い玄関で、一層緊迫した空気が流れる。何か言わなきゃ。 「あんなこと書いてごめん!」  僕は顔の前で手を合わせて、頭を下げた。 「えっ? なんで謝るの?」 「だって僕が急にあんなこと書いたらキモいよね。仲也みたいなイケメンだったら美奈も嬉しいだろうけど」  美奈はその言葉に、とても悲しげで困惑した表情を浮かべた。 「ヨシ君、なんでそんな自分を卑下するようなこと言うの? 私はヨシ君がキモいなんて思ったこともないし、ナカ君なら嬉しいとか、そんなんじゃない」  あ、なんだかすごくまずいことを言っちゃったかな。美奈を困らせてしまった。どうすりゃいいのか。  ──落ち着け、落ち着け。  そう自分に言い聞かせて、思考をフル回転させる。  そこでハッと、いい案が思い浮かんだ。  そうだ。今部活で制作中の、小説の一文だということにしよう。登場人物がたまたま美奈っていう名前だということにすればいい。 「あの、実はあれは……」  その時、玄関ドアの取っ手がガチャガチャと鳴った。ドアに組み込まれた曇りガラスに、女性の影が映っている。鍵がかかってるかどうか、確かめたんだ。  美奈が急に近づいて、顔を僕の耳元に寄せた。体温が伝わるくらい、すぐ目の前に美奈の横顔がある。  うわ、あまりにも近すぎる。このシチュエーションでこんなに接近するなんて。美奈はいったい何をする気なのか?  僕の心臓がドクンと跳ね上がる。 「ママが帰ってきた。上がって」  美奈が耳元で囁く。彼女の息が耳にかかって、少しくすぐったい。僕の心臓はさらに悲鳴をあげた。 「何してるの? 早く!」  固まって動けない僕を見て、美奈が手首をぎゅっとつかんで引っ張りあげる。僕は慌てて靴を脱いで、足音を殺しながら美奈について家に上がった。  階段を登った二階の突き当たりが美奈の部屋だ。後ろで玄関ドアがガチャリと開いた音が聞こえた時には、なんとか彼女の部屋に滑り込んでいた。 「ただいまー! あれ? 誰か来てるの?」  玄関から美奈のママの声が響いた。 「おかえり! ヨシ君が遊びに来てるの!」 「あらヨシ君。久しぶりねー! ごゆっくり」 「ママ、お茶とか気を使わなくていいからね!」 「あ、はいはーい」  玄関と二階のやり取りが済むと、美奈は部屋の扉を閉めて、鍵をかけた。そしてふぅっと息を吐いて、美奈はぺたんと床に座り込んだ。  相当焦っていたようで、うつむいて肩ではぁはぁと息をしている。僕も心臓のドキドキが静まらない。それどころか美奈の部屋に入って、余計に鼓動が高まった。  とにかく落ち着こうと大きく息を吸い込むと、なんだか甘い、いい香りがする。  美奈の部屋に入るのは、中学一年の時以来だから五年ぶりくらいか。懐かしいな。あの頃とあまり変わらない気もするけど、ピンクの布団や可愛いクマのぬいぐるみがいかにも女の子の部屋って感じで緊張する。  好きな女の子の部屋に入るって、その子の見ちゃいけないものを覗いているような気がして、なんだか胸の底をぐちゃぐちゃとかき混ぜられてるような感覚になる。  そんなことを考えながら美奈の部屋を見回すと、ベットの横の棚の上に、目を疑う信じられないモノがあった。 「えっ?」  思わず出した僕の声に、美奈は顔を上げて僕の視線の先を追った。 「あっ! 待って! 見ないで!」
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