【5:僕が目にしたソレ】

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【5:僕が目にしたソレ】

 美奈はこの世の終わりみたいな顔で慌てて立ち上がり、棚の方に走ってソレを隠そうとしたけど、もう僕はバッチリ見てしまっている。 「そ……それは?」 「見ちゃった……のね?」 「う、うん」  美奈は顔を真っ赤にしてうつむいた。  僕が目にしたソレは──  僕と美奈のツーショット写真が入った写真立てだった。しかもフレームには手書きのハートマークやら、「ヨシ君」という文字がマジックで書いてあった。  これは何?  なんでそんなことを書いてあるんだ?  もしや、ハートマークは見間違いで、僕を呪うための呪術的な何かか? 僕、そんなに美奈に恨まれるようなことをしたっけ?  そもそも美奈とこんなツーショット写真を撮った覚えはない。きっと仲也と三人で撮った写真の、仲也を切り取ってツーショットのようにしたものだ。その証拠に、僕と反対側に仲也らしき人物の腕が写っていた。 「それ……は?」  美奈は少し顔を上げて、黙ったまま上目遣いで僕を見つめた。僕はしばらく美奈の返事を待ったけど、彼女は無言のままだった。  このまま何も見なかったことにした方がいいのだろうか?  しかしさっき目にした謎の物体が、あまりにも気になりすぎる。僕はそれの意味がどうしても知りたくて、もう一度同じ台詞を発した。 「それは?」  美奈はまたうつむいて、しばらくじっとしていた。そして急に「うん!」と自分に何かを言い聞かせるような声を出して、顔を上げた。 「私、前からヨシ君のことが好きだったんだ」  ええっ? 僕のことが?  嘘でしょ? そんなはずはない。 「とうとう言っちゃった!」  美奈はとっても恥ずかしそうに、アイドルのようなその可愛い顔を伏せた。  やっぱり間違いなく、僕のことを好きだと言ったんだ。美奈の信じられない告白を聞いてしまった。  ホントにマジなのか?  ──あ、わかった。これはドッキリカメラだ。  僕は部屋を見回して、隠しカメラを探したけど、何も見当たらない。いや、仮に隠しカメラがあっても見つけられるはずもないんだけど、まさか普通の高校生にドッキリカメラが来るわけもない。  僕はそう思い至って、美奈の顔に視線を戻した。 「ほ……ホントに? 仲也の聞き間違いじゃなくて?」 「うん。ヨシ君……」  照れて視線をそむける美奈が、めっちゃ可愛い。だけど、ホントにこんなことが起こり得るのか? 夢じゃないよな?  ──美奈が僕を好き。  なかなか実感がわかないこの事実が、じわじわと僕の胸の中に広がってくる。  ホント? ホントにホント?  どう表現したらいいのかわからないような、体の奥底から湧き出る喜び。それがどんどん身体中に広がって、跳ね回る。  だけど僕はどうリアクションしたらいいのかまったくわからなくて、ただただ呆然としていたら美奈がゆっくりと口を開いた。 「でも、ナカ君も友達として大好きだから、三人の関係を壊したくないの。だから今まで、ヨシ君への気持ちはずっと隠してた」  美奈も僕と同じ気持ちだったんだ。こんなに嬉しいことはないけど、仲也のことを考えるとどうしたらいいかわからない。 「でもさっき、ヨシ君のメモを見て……嬉しくて嬉しくて」  美奈の声は震えていた。恥ずかしそうに微笑む美奈の瞳には、涙が滲んでいる。   「それでも自分の気持ちは隠そうと思ってたんだけど、この写真を見られたから……もう隠せないと思って、言っちゃった」 「いや、あの……僕もまったくおんなじ気持ちだった。三人の関係を壊したくないから、美奈への気持ちはずっと心の底に押し込めてた」  美奈ははっとした表情を浮かべた。その瞬間、美奈の瞳から大粒の涙があふれ出るのが目に入った。 「こんなこと言い出して、ホントにごめん!」  美奈が大きく頭を下げた。だけど美奈が謝ることなんて、何もないはずだ。 「なんで謝るの? 僕はめちゃくちゃ嬉しい」  僕の言葉に美奈は顔をあげて、申し訳なさそうな表情を浮かべてる。 「だって……ヨシ君がナカ君のことを気遣ってるのに、自分の気持ちを言っちゃう私が悪いんだ」 「いや、悪いなんてことはないよ。たまたま僕がその写真立てを見てしまったからだし……」  美奈の顔に少しだけ笑顔が戻った。やっぱり美奈には笑顔が似合う。なんて可愛い笑顔なんだろう。それと美奈って、案外抜けたところがあるんだよなぁ。あんな写真立てを置いてあるのを忘れて、僕を部屋に入れるなんて。でもそういった、ちょっと抜けたようなところも美奈の凄く可愛いとこだよな。 「僕も自分の気持ちはずっと隠し通そうと思ってたけど……美奈の告白を聞いて、もう気持ちを抑えられない」  こんなこと、美奈の顔を見ながら言えない。僕は下を向いて目を閉じて、思い切って言葉を吐いた。 「僕も美奈が大好きだ」  美奈はどんな顔をしてるんだろう。怖くて目を開けられない。  その時急に、胸に軽い衝撃を感じた。  えっ? なに?  目を開けると、目の前に立った美奈がお辞儀をするようにして、おでこを僕の胸に押しつけている。美奈の髪からふんわり漂う女の子の香りに、頭がくらくらとする。 「ヨシ君ありがとう。めちゃくちゃ嬉しいよ」  うおーっ! ホントに?  こんな日がやってくるなんて、想像もしなかった。  美奈が強烈に愛おしい。目の前の美奈の肩を、ぎゅっと抱きしめたい。だけどその勇気が出ない僕は、美奈の両肩に手を置いた。  でも──  美奈の言うことは本当なのか?  なんで仲也じゃなくて僕なのか?  それが頭から離れない。変に喜んで、実は間違いでしたって。そうなりそうな気がして仕方がない。 「あの……なんで何の取り柄もない僕のことを、美奈はそんな風に想ってくれるの?」  美奈は僕の胸から顔を上げて、じっと僕を見つめる。 「だからヨシ君は、そんなに自分のことを卑下しないで」 「でも……仲也だったらスポーツ万能成績優秀で、いくらでも好きになる要素があるけど、僕なんて……」  美奈は真顔で、少し大きな声を出した。 「だからヨシ君には、とってもステキなとこがあるんだって!」  そう言われても、自分でもどこがいいのかわからない。真剣な美奈の顔を、僕は呆然と見つめるしかなかった。 「だってヨシ君ってさ。めっちゃくちゃ優しいじゃん。私の中では、とことん優しいヨシ君で『とこやさヨシ君』って勝手に呼んでる」  とこやさヨシ君? そう言えば、美奈んちの飼い犬の名前が『とこやさ』だ。前から呼びにくい変な名前だと思ってたけど、関係あるんだろうか? 「犬の『とこやさ』。ウチで飼うことになった時のことを覚えてる?」 「え? ああ」  すっかり忘れてたけど、美奈の言葉で思い出した。あれは確か小学五年の時だった。
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