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封印されし邪神とその監視人。かつてあたし達の関係はそう言われていた。
ところが人為的に貶められてた土地神と判明した蛇神様は、偶然封印解いたあたしんとこに押しかけ「嫁にする」宣言。価値観が大昔だ。
今も物理的に蛇の体が八つも巻きついてる執着ぶりである。B級ホラー映画のJK虐殺一歩手前シーンみたいな絵面。
もうこれくらいじゃ驚かなくなった自分おかしい。
蛇の性質と本人は言い張るが、個人的な性格だとあたしは知ってる。
ま、ボディガードと思えばいいか。
あたしは先ごろ特殊な宿命持ちと判明し、過去実際妖に誘拐された経験から身を守る必要性を十分に承知していて、護衛を条件に嫁になることを承知した。
この蛇神には名前がなく、便宜的にあたしが九郎と名づけた。理由は八岐大蛇の息子だから8の次で9。
無駄に有能な蛇神様のジョブは現在、主夫・CEO・ユーチューバー有名ゲーマー・売れっ子少女漫画家(あたしの先祖で男性で仙人で忍者)のスーパーアシスタント……と着実に項目を増やしてる。頭だけじゃなく副業もいっぱいだね。
一応本業は今や縁結びの神社となったうちの祀り神。
さて去年の夏は土地神として仕事すると、『肝試しでドキドキ→ラブ大作戦☆』(九郎命名。ダサい)なんぞやってたが、今年は?
☆
夜の境内は参道まで、いや周辺一帯人でごった返していた。
「夏祭り+花火大会+肝試しは大成功だな!」
ドヤ顔でのたまう祀り神様。
本来の白髪青眼に神の正装で、見るからにオーラ違うのと神がかった(本物)イケメンですごい戦闘力だが、いかんせん言ってることがアホである。
冷やかに返した。
「何でもかんでも混ぜるんじゃない」
本殿内から外を眺める。本日は本殿の人立ち入り禁止。いるのはあたしと九郎とその配下たちで、人間はあたししかいない。
まぁあたしも普通の人間じゃないが。
「東子に喜んでもらおうかと思って。てか、浴衣姿似合うー」
本体が抱きついてくる。一見イケメンが甘えてるように見えるが、その背からは大蛇が八つ生えている。
チロチロ舌出すな。あたしは冷静に脳天チョップかました。
「雪華さんに無理やり着せられた。これ鶴の反物でしょ。質がレベル違う」
恩返しした鶴の一族は現在アパレル企業やってるそうで、九郎の配下の四天王唯一の女性である雪華さんはそこ出身。
「そうだよ。俺の服と同じ配色、つまりペアルック♪」
着替えようかな。
一旦家に帰ろうかとすると、「わーっ」「きゃーっ」と遠くから悲鳴が聞こえた。ああ、やってるね。
「うんうん、去年の反省点を生かした肝試しは人気みたいだな。現在30分待ちか」
スッススッスとスマホいじって確認する神様。
現代的なシステム構築。それに神通力コンボで別の場所と空間繋げて肝試しのルート用意って何だろう。
「東子も行く? 恐がって抱きついてくれると嬉しいな」
「生まれつき色々見えて慣れてる上に、先祖に人狼いて夜目がきくから普通に見えるわ」
冷静に返した。
『邪神の監視人』と差別されてた加賀地家に嫁・婿にくるのは訳アリばかり。人外も珍しくなく、人間でも何らかの能力者ばっかだったおかげで子孫は色んな性質を持つことになった。
というか、混ざりすぎて逆に面倒なことになった。あたしに至ってはごちゃまぜの極みで、ほとんどの能力を上手く発現できないんだ。肉体的な能力なら小さい頃から日常的に自然と使ってたんでマシだけど。
そこで九郎がコントロールするための補助具をくれた。左腕にしてる、カラフルな石がいっぱいついてるブレスがそうだ。
分かりやすく言うと、このブレスはタンスみたいなものだと思えばいい。引き出し(石部分)に能力を整理してしまっておき、必要な時に取り出すわけ。
そんな強くない能力は九郎が分けてしまってくれた。けどある程度以上のはプロに使い方習ってマスターしておいたほうが後々いいと、順番に情報源(先祖)呼んで習得してる。
どうやって呼び出すかって?
前述のとおり人外多いしまだ存命だし、死んでるのも降霊すりゃいい。存命の先祖にイタコいるのよ。
そうやってマスターした能力の一つを今日実践してみようと……。
「そろそろ時間だな」
九郎がリモコン操作すると、本殿の屋根が割れて開いた。
「スタジアムみたいな開閉式屋根を神社本殿に設置する奴がどこにいんのよ」
「俺の神社なんだからいいじゃん」
罰当たりがご本人て何だろね。
「いちいちツッコむのも疲れるわ。さっさと始めよ。……それっ!」
念動力を起動した。
所定の場所に設置してた花火を上空に飛ばし、発火能力で着火。
ド―――ンと夜空に大輪の花が咲いた。
「……よかった、成功」
ホッと息を吐く。
何度も練習はしたけど、長いこと発現すらできなかった能力なもんで自信なかったのよね。
慣れてる忍術のほうが出ちゃってたしさ。小さい頃叩き込まれたものってつい出やすいのよね。
傍に控えてた雪華さんが感嘆のため息を漏らす。
「綺麗ですわね。作ったのはご先祖の花火師の方でしょう?」
「うん。江戸時代の花火師で、この超能力を元々持ってた人。父親の死後、女だから後継者なんて認めないって弟子たちに追い出され、放浪の末ついに自殺しかけたところを加賀地家の男性に救われて結婚したらしいよ」
花火自体もあたしが作る?って教わったんだけど駄目だった。宿命のせいか、あたしが物を作ると突然変異を起こす。
火薬使うのにヤバイ方向に変異したら危険すぎるわ。
「結構重い経歴持ちじゃないですか」
ショタキャラに見える、実態は鬼で四天王の一人・流紋さんがツッコむ。
九郎がつぶやいた。
「俺は分からないでもないな。俺も封印されたのは半ば自殺みたいなもんだった」
九郎はかつて、自分さえいなければ異母姉が幸せになれるならと静かに殺されようとした過去を持つ。母親は八岐大蛇への生贄にされた挙句身籠り、九郎を生んだ。ゆえに九郎は名すら付けられず、義父や異母姉や村人たちから監禁虐待され育った。
自分が死ねば皆の気は済むだろうし、自身の苦しみも終わる……双方を叶える方法だったのか。
「……あんたのほうが重いわね」
不憫に思って頭なでてやる。
「ん? 今じゃ間違いだったってちゃんと分かってるよ? 死んでたらこうして東子によしよししてもらえない」
「―――情けないことをおっしゃらないでください!」
悲痛な悲鳴あげて飛び込んできたのは大型犬……じゃなかった、狼の妖で四天王の一人・上弦さんだった。一気にまくしたてる。
「貴方様は高貴な神! ペットではありません!」
「俺はペットじゃなくて東子の夫だが」
「それがしは認めません!」
キャンキャン吠える。
相変わらずの熱烈な信者だ。命の恩人として慕ってたのが、真面目で頑固が変な方向に暴走して美化しまくってるよね。
敬愛する主が人間(しかも普通じゃない)のあたしに懐いてるのが気に入らず、よくこうしてつっかかってくる。
毎回適当に受け流してるよ。争いは嫌いなの。
九郎もスルー。あたしはポケットからお菓子出して蛇の口に入れてやった(エサやり?)。
「おいたわしい」と嘆く狼の姿の上弦さんを、追いついた今の飼い主・巧お姉ちゃんが抱き上げた。
普段は警察の対人外専門部署で装備を作る裏方やってるが、今日は防犯パトロールが仕事のため、あえて目立つ制服着てる。婦警さん。
あたしの親戚のお姉さんでもある。
「こら、駄目でしょゲン。仕事中にいなくなっちゃ」
上弦さんは今や警察犬だ。前に犯罪者を捕まえたことで『お手柄ワンちゃん』として有名になったことからヘッドハンティングされた。ただし本人は嫌らしい。
「それがしの役目は常に九郎様のお傍に控え仕えること。誰が警察犬か! 九郎様、空腹でしたら直ちにご馳走を用意いたしまして一匙ずつお口まで運んで」
「キモイ」
九郎は露骨にドン引きした。うん、ごめん、うちらも全員引いた。
「何でお前にやってもらわなきゃならないんだよ。妻がしてくれるからうれしいんだろ。さっさと持ち場帰れ」
しっしっと追い払う仕草。分からないでもない。
絵面的には同じ学校の腐女子の面々が大喜びするだろうけど。あいにく九郎はノーマルな異性愛者なんで現実にはならない。
「九郎様あああああ」
「巣に他のオスが入ってくるのは不快なんだよ。特にお前は東子に好意抱いてるからな」
「欠片もそんなもの持っておりません! そこの女など大嫌いです!」
かぶせる勢いで全否定。
うん、初対面時から敵意隠そうともしてないよねー。
「九郎、何度も言うようにそれ勘違いよ。愛読してる少女漫画やらロマンス小説と違うの。あれは『嫌よ嫌よも好きのうち』じゃなくて本気で心の底から嫌ってるやつ」
九郎は頑として首を振った。
「いいや。絶対そうだ。東子は優しくてかっこいいんだ、このテのタイプは好きになるんだよ」
「それフィクションならテンプレってだけでしょ?」
今のうちに、とマッスル兎の妖・剛力さんが巧お姉ちゃんを促した。
「連れてったほうがいい。九郎様怒らせると恐いぞ」
「そうね。ゲン、行くわよー。ほら、がんばったらごほうびに高級犬用ジャーキーあげるから」
「それがしは九郎様のお傍にっ……ジャーキー?」
あ、じゅるりって言った。
上弦さんを手の中で転がせる巧お姉ちゃんは上手く飼い犬……じゃなかった飼い狼を連れて行った。
ところでこんなことしてても花火はちゃんと上げ続けてたよ。
九郎がぶつぶつ言ってる。
「ったく、せっかくの東子と『会って』一周年記念を邪魔しやがって」
「あれ、もうそんな経ったっけ」
小さい頃からお参りには行ってて、九郎からあたしは見えてたけどこっちからは分からなかったもんね。封印の柵ごしな上、薄暗い穴の中だったもん。
「うん。初デートが夏祭りだったろ? 近々花火大会がある、見えたらいいのにねって東子が言ってたじゃないか」
初デート……あれそうなるのか。へぇ、全然そういう認識なかったわ。
「だから記念日の今日お祭りやることにした」
「ああ、なるほど」
九郎は感慨深げにうなずき、抱きついてきた。本体が。
配下たちが空気読んでサッと顔背けたり、雪華さんが「キャー」とか叫んでたけどあたしは冷静なもんだ。
「なに」
「んー? ……解放してくれてありがとう、東子。東子に会えてよかった」
「そう」
無表情のまま、よしよしと頭をなでてやる。髪の毛サラッサラだなぁ。すごいキューティクル。
「東子の傍は落ち着く。やっと見つけた安らげる場所。来年も再来年もずっとこうして一緒に祭り行きたいなぁ」
「…………」
九郎を封印解いて助け出したのはあたしだが、反対に今のあたしがいるのも九郎のおかげだ。
あのままだったら変わらず差別され続け、一生迫害が続いたところだった。こんなふうにのんびり暮らせるなんて想像もしなかった。
「―――」
あたしは穏やかに微笑んだ。
「そうね。いいよ。来年も再来年もそのまた先も、こうして一緒に花火見ようか」
九郎がものすごい勢いで起き上がった。まじまじを見てくる。
至近距離で見るとやっぱ顔はいいのよねぇ。うらやましいわー。
あれ、何で配下のみんなまで凝視してんの。
「なにその驚きよう」
「いや……そのだって、まさかそんなセリフ言ってくれるとは思わなかったっていうか、そりゃあわよくばと妄想してなかったわけじゃないけど、いやめちゃくちゃうれしいんだけど、東子がデレるとか珍しいっていうか」
「何言ってるか全然分かんない。もうちょっと分かるようにしゃべってくれる? あ、次の花火で最後だ」
一度に十個使い、夜空全体に大きなハートを描いた。
念動力の便利なとこは、空中の好きな位置で物を停止できるってことよ。空にハート状に花火を配置、同時着火したってわけ。
わぁっとひときわ大きな歓声があがった。
なぜか悶えてる蛇神。
「東子がこんな盛大な愛の告白を……っ」
「違うし。これただのプログラム。練習であんたは何度も見てるでしょうが。そもそも構成考えたのあたしじゃない」
先祖の花火師超能力者だっつーの。
縁結びの神社ならこれでしょ、だってさ。
「……そういうクールにばっさりぶった切るとこも好きだよ」
そこで雪華さんが何やら合図した。
配下のみんなが一斉に唱和する。
「ご結婚一周年おめでとうございます!」
自然とわき起こる拍手。
九郎は一瞬虚を突かれた顔をしたものの、うれしそうにうなずいた。
会った日を結婚した日とするのか、とか色々ツッコミたいんだけどやめとこう。それくらいの分別はあった。
どっかからか酒出してきて、あっという間に宴会に。酒は飲んでも飲まれるんじゃないわよ。まだ境内じゃ肝試しやってんだからね。まぁどうせ建物に結界張ってあって、外には聞こえないんでしょうけど。
九郎も楽しそうに杯を重ねてる。コイツはうわばみだ。
あたしは黙ってそんな光景を眺めた。
誤解され、差別されて討たれた孤独な神様。恩を忘れず、再び集まった者達。
こんなふうに平和にバカ騒ぎできるって、幸せなんでしょうね。
あたしは微かに笑って、コップに注がれたジュースを飲みほした。
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