終章 朧月夜

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終章 朧月夜

 俺が役者のみんなと生活するようになってから、一週間ほどが過ぎた。  その日の夕方、俺は親方からとあることを頼まれた。 「五郎くん、ちょっとおつかいに行ってもらってもいいかな?」  親方の部屋に行くと、大量の呪符と謎の液体が入った壺がたくさん、それに部屋の中央には巨大な魔法陣が書いてあって、そこからはバチバチと稲妻のような光があがっていた。相変わらず混沌とした部屋だ。 「今、実験をしてるんだけど……」  ふう、と親方がため息をつく。 「今後、寛和くんたちと戦っていくためには、より強力な武器となるものが必要だ。だから、新しい術式をいろいろ試してる」 「というと?」 「俺自身や、五郎くんたちみんなをパワーアップさせるような秘策を、何かこの手で生み出せないかと考えていてね」  親方は腕組みしながら部屋の中を見渡した。 「ただ、今のままでは限度がある。この令和座には現状、限られたものしか置いてないからね。だからいったん呪術道具屋に行って、より高級な呪符や材料を手に入れておきたいんだけど……ちょっと今、この魔法陣から手が離せなくてさ。俺の代わりに使いに行ってくれる人を探してたんだ」 「そうだったんですか。俺でよければもちろん、おつかい行ってきますよ」 「助かるよ。悪いね」  親方は、紙切れに筆でさらさらと文字を書いた。どうやら呪術道具屋で買ってくるもののリストのようだ。横目で覗いて見たけど、俺には何が書かれているのかいまいちよくわからない内容で。 「これを店主に渡せば、すぐわかってくれると思うから。五郎くんはこの紙切れを見せるだけでいい」 「わかりました」  そうして、親方は呪術道具屋の場所を教えてくれた。菊之助と最初に会った「木挽町」から、そう遠くないない場所にあるそうだ。 「行き方に関しては、もう大丈夫だね?『あの』方法で行けば、すぐにたどり着けるから」  親方の目配せに、俺は勘づいてにやりとする。 「わかってますよ。大丈夫です。すぐに買って、戻ってきますね」  ありがとう、と親方は満足げに言った。  今いる『木下座』からどこかへ出かけるのは簡単だ。  入口の大きな扉の前に立ち、どこへ行きたいのかを念じればいい。 (今回向かうのは、木挽町の近くの呪術道具屋……)  親方に言われた場所を思い出しながら、頭の中で想像を働かせ、そして扉を開ける。  外に出ると、そこはかつてみたことのあるような賑やかな商店街だった。 「よし、成功。……たぶん」  道行く人からはきっと、俺がただの民家の扉からすんなり出てきたように見えていることだろう。  俺は足を踏み出すと、目的の呪術道具屋を目指して歩き出した。 ***  しかし、道中でアクシデントが起きてしまう。  呪術道具屋はすぐそこのはずだったのに、その道の途中で不穏なものに出くわしたのだ。  道の脇で、柄の悪い男二人が女性のことを怒鳴り散らしていた。 「いいから金出せって言ってるだろ!」 「てめえの家が金持ちだってことは知ってんだよ」  どうやら、女性に金をたかろうとしているように見える男たち。 「やめてください! 私にそのような大金の手持ちはございません……!」 「ああ!? 舐めた口きいてんじゃねえ!」  男が女性の身体をどん、とどついた。  うわ、乱暴だな、と思ったのに、道行く人たちは眉をひそめて通り過ぎていくだけ。こんなことは日常茶飯事なのか、誰も助けてやろうとしない。  そのうちに、「こっちに来やがれ!」と言った男たちは、女性を路地裏のほうへと無理やり引っ張っていった。 (これは、やばいかも)  俺は慌ててその後を追った。  路地裏の暗がりの向こうから、女性の悲鳴が聞こえる。  男たちは彼女の身体に触ろうとしていた。 「やめろ!!」  俺が叫ぶと、二人の男は振り向いた。 「ああ、なんだこのガキ、!?」  俺は彼らが口を開く前に、男の顎目掛けて拳を繰り出した。 「ぐふっ」 「ぎゃあ……!」  二人は目を回し、その場に倒れこんだ。  よかった、今の一発で気を失っている。 「大丈夫ですか、怪我してないですか」  俺の登場に女性は驚いたのか、しばらく腰を抜かしていた。 「え、ええ……ありがとう……」  彼女の手を取り、立ち上がらせる。 「まったく、物騒なものですね」 「そうね……」  彼女は、弱弱しい声でそう答えた。 「だから……、君も、悪い人には気を付けないと」 「え?」  振り返った瞬間、口元が突然何かの布で覆われた。 「!?」  抵抗する間もなく、お香のような不可思議な香りが全身を覆う。 (なんだ……これ……!?)  身体が動かない。それにひどい眩暈だ。力がどんどん抜けていく。  俺は、その女性に押さえつけられたまま必死に抵抗しようとしたが、視界が歪んで、彼女の顔すら判別できない。 (嘘……どうしよう……みんな……!)  俺の意識はそこで混濁し、深い闇に引きずりこまれていった。 ***  はっ、と目が覚めたとき、俺は自分の身体が揺れていることを感じた。  いや、これは――――俺は今、誰かに担がれている。  目を開ければそこは外、見知らぬ橋の上だった。  あの女が、俺を担いで歩いていたのだ。 「は、離せ!!」  俺が起きたことを察したのか、唐突に女の足が止まった。どさり、と俺の身体を無造作に放る。  もう夜になっていた。月は雲に隠れていて、あたりには灯りもない。  俺を見つめるその女は、一見普通の姿をしていた。なんの変なところもない、どこかのお屋敷に使える侍女のような、派手さのない着物をした彼女。  でも、俺に何かを嗅がせ、そしてここまで俺を担いできた時点で、只者じゃない。 「何者なの、あんた、」  そこで俺は目を見開いた。 (まさか、寛和たちの手下……!?)  だとしたら、最初から俺を狙って? 「おや?」  女が口を開いた。 「これはまた、上玉を拾っちまったねえ」  彼女が俺に向かって言う。 「今気づいたが、お前、『寛和』の弟だろう。顔が良く似ている。はは、役者のうちの誰かが釣れればいいと思っていたが、まさか大当たりがくるなんてな」 「やっぱり、寛和のところの奴だな! 俺をどうする気だ……!」 「さて、どうしようねえ」  月が、雲の間から顔を出した。  女の顔が明るく照らされ、はっきりと、露になっていく。 「あんた一体なんなんだ!」 「俺ぁ、盗人だよ」  その声に俺は驚愕した。だって、その声はさっきまでの女のそれじゃなくて、完全に男の声だったのだ。  月に照らされ、女の着ていた着物の柄がみるみるうちに変わっていく。  薄桃色の着物が、漆黒の黒へ。襟元は、目を見張るような赤。それに、結った髪には大ぶりのかんざし。  そいつが、どう見ても『役者』であることは確かだった。 「百両の金より価値のある、お前さんを拾ってこられたなんて――――」  彼は、舌なめずりをしながら、橋の欄干に足をかけた。  そして、俺を見下ろしてその台詞を吐いた。 「こいつぁ春から、縁起がいい」                           【第一部完・続く】
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