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1-9
「ほら、夏目も座れ。赤兄貴に話あんだろ」
相沢はふんぞり返りながら俺の隣に座るよう促す。やけに偉そうな仕草だったが妙に様になっている。青は失礼します、と一言断りソファに腰を沈めた。
ちくしょう、俺もそうすりゃよかった。嘆いたところでやっちまったもんは仕方ないのだが。開き直り深く座りなおす。え、という委員の声が聞こえた。
しまった、今から話を聞くのだから居住まいを正すべきだった。何リラックスの姿勢に入り始めてるんだ俺。
相沢を確認すると相変わらず面白いものを見るような目つきでこちらを観察している。何をやっても面白がられそうな気がするのは俺だけだろうか。
「話っていうのはな、赤」
青が俺を招いた理由を話し出す。
え、このまま話すのか。というか、先輩たちが向かいのソファに腰掛けているから仕方ないのだが隣に並んで座って大事な話をするのってどうなんだ。
内心戸惑うが、話の腰を折るのも嫌なのでそのまま聞く体勢に入る。
「通例として風紀委員長は前委員長が指名することになっているんだが、その他の委員は委員長が指名することになっているんだ」
つまり俺が他の委員を指名しなきゃいけないんだけど、という前置きに首肯する。
「赤、副委員長やってくれよ」
何の感慨もなくその言葉を聞く。特に興味のそそられる話ではない。かといって青の頼みをはねつける程嫌な内容ではなかった。
別にいいけど、と了承の言葉を返そうと口を開いたとき、遮るかのように何かを叩きつける音がした。
「納得できませんっ」
声の主は先ほどから一人ぽつんと部屋の隅で話の流れを見守っていた委員だった。黒の短髪。背は平均的で俺より低い。親の仇であるかのように俺を睨みつけている。縄張りを侵された野良猫みたいだと思った。
威嚇するように毛を逆立てる彼を、同級生らしき三人組があわあわと止める。先ほど俺が勝手にソファに座った時も慌てていた子たちだなぁと思い出し少しおかしくなる。
クスリと漏れた笑みに馬鹿にされたと思ったのか、彼は殊更俺に対する睨みを利かせてくる。手を出したら引っかかれそうだ。
「神谷」
相沢が頬杖をつきながら野良猫くんに声を掛ける。彼は神谷というらしい。心の中で復唱して記憶に刻む。
「……はい」
神谷は相沢が怖いのか少し緩慢に彼の方へ目線を向け、おずおずと返事をする。
「お前、どうしたい」
端的な質問に意図を計りかね、神谷は視線を泳がせる。相沢は自身の言葉少なさに気づいたのか、言葉を重ねて問いただした。
「お前、どうしたら納得するんだ」
ひゅ、と息をのむ音が聞こえた。
そしてその目がおもしろくなさそうに俺を見る。
「……夏目先輩に勝ったら」
認めてあげなくもないです、と拗ねたように口にする彼にほんの少し申し訳なさを感じる。ここで「そこまでやりたくもないから降りようか?」と言ってしまえば彼のプライドがぼろぼろになるのは目に見えていて。俺は何も言えずに口を引き結んだ。
「へぇ、面白れェ」
「おい、相沢――」
池谷が相沢を制止しようとかけた声は最後まで聞こえなかった。代わりに耳に届いたのは拳が空を切る音。
「あ、惜しい! 不意打ちなら当たるかと思ったのに」
心底残念そうに手をプラプラさせる青。
真横にいるのにいきなり全力のパンチとか容赦がない。
「せっかく機会もらえたんだ。今日こそ勝つ」
「言ってろ。すぐ伸してやる」
ニヤリ、寄越された笑みに同種の笑みを返す。
青は重心を低くし、弾丸のように突っこんでくる。足元を掬いにきたのだ、と理解するより早く俺は跳躍し、青の背に掴みかかる。頭を掴み床に叩きつけるも、前転のような受け身をとりうまく衝撃を逃がされる。
「チッ」
今の一撃で仕留めるつもりだったのに。青はほんの少し得意げな表情だ。なんだか悔しい。
苛立ちを紛らすように今度は俺から仕掛ける。
足払いをし、そちらに意識の削がれた青の鳩尾を殴る。ぐ、とくぐもったうめき声が聞こえた。体勢の崩れた青が何とか俺の蹴りを躱し、殴りかかってくる。
腹をやられたこともあってかその軌道はいつもより切れがなく見えやすい。
「振りが大きいよ、青」
ボソリと呟き、青の膝に蹴りをかます。
ダァンッ
青の壁に打ち付けられる音がやけに響いた。
「降、参……」
痛みの混じった声ながらも快活そうな顔で彼は自身の負けを告げる。
「壁に頭打ってないか?」
「一応受け身とったから大丈夫」
とは言えすぐに動けるほど無事でもないようで、打ち付けられた場所でしゃがんだまま動こうとしない。一応は俺の責任でもあるので肩を引き上げソファに座らせた。
青がソファに座り元通りの立ち位置になると、止まっていた時間が動き出す。
「えぇぇ……、こっわ。不良こっわ。椎名こっわ」
相沢が大袈裟に怯えてみせる。他の委員を見ると目を逸らされる。あれだな、少し引かれているようだ。
「椎名、思ってたより強いんだな」
武士然とした池谷に言われると悪い気はしない。ありがとうございます、と返事をするとびっくりした、と呟かれる。
「あぁ、確かに……。椎名の強さには驚いた。というか俺は夏目がいきなり手加減なしに振りかぶったのにも驚いた」
同調する相沢の声に、青は不思議そうに小首を傾げながら答える。
「いや、だって赤が俺に負ける訳ないじゃないですか」
一発だって入れられた試しないんですよ、という青の言葉にこれまで大人しくしていた神谷は弾かれたように顔を上げる。
「一発も……ですか」
「そ、一発も」
負けているにも拘わらず嬉しそうに答える青。全く呆れた奴だ。
神谷が悔しそうにうなだれる。顔が青ざめている。ひどくショックを受けているようだった。彼が何に拘っているかは知るところではないが、こうも落ち込まれるとまるでいじめているような気分になる。
「──で、神谷。お前、認めるんだよな?」
不意に声を低くし青が問う。容赦がない。
「……は、い」
押し殺すような声で告げられた承諾は、僅かな面倒くささを心に残した。
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