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1-17
荒ぶる二人をどうどうと宥めて話し合いを再開する。
「……じゃあ、続きを話すぞ?」
「あぁ、脱線させて悪かった」
青が謝るのに合わせて軽く頭を下げる。謝罪を受けた円は相変わらずの無表情で鷹揚に頷く。
「大丈夫だ。じゃあ、ざっくりとルールについて説明する。田辺」
「ハイハイ。基本的には普通の鬼ごっこと一緒……ちなみに、鬼ごっこしたことない人は?」
いくら金持ちでもそれは流石に……と思い青を見ると、腕をガッと掴まれ挙手させられる。待て待て、俺はあるぞ。
「おい、夏目……」
「いや、お前のあれは鬼ごっこじゃない。少なくとも、普通の鬼ごっこではない」
半ば遮るように主張され、曖昧に頷く。正直、俺からしてみたらただ一緒に遊んでくれた親切なオジサンたちだったんだが。言っても認めてくれそうにないので敢えて反論はしない。
「ん、ん~? 説明した方がよさそうだね?」
「ぜひっ! 副会長様お願いします!」
お前ら失礼だな。俺に。
「じゃあ説明するね。鬼ごっこは、鬼が逃げる役の人にタッチしたら鬼が交代する……っていう遊びだよね。今回の新歓では鬼がタッチしても逃げる役と交代しないルールを採用する。まぁ簡単に言うと、鬼にタッチされた時点で逃げる人はゲームオーバーってこと」
ここまではいい? と尋ねられこくりと頷く。確認した田辺は浅く顎を引き話を続ける。
「逃げる側の生徒は予めクラスで配布された名札を服に付けている。ゲームオーバーになったらそれを鬼に手渡して、会場に戻って観戦を楽しむ……っていうのが大体の流れかな」
「ちょっと質問いいか? これだと鬼と逃げる側の区別がつかない。流石に服のどこにつけてるかも分からない名札一つで見分ける訳にはいかないだろ?」
おお、青が風紀委員長してる。新鮮だ。というかきりっとした顔の青を見たのは始業式以来かもしれない。
「あー、それなぁ……。鬼にはビブスでも着けてもらおうかなぁって思ってる。服装は全員体操服かジャージ、もしくは私物のTシャツを着てもらって」
「いいんじゃないか?」
「じゃあ、ビブスは運動部と体育課が保管している分を確認して、生徒会の方で不足分を発注しとくね」
「そういえば、鬼役はどうやって決めるんだ?」
俺が尋ねると、円が答える。
「当日、生徒会役員は運営をする。風紀は会場の警備を任せたい。だから、それ以外の二年生、三年生の中から鬼を決めた。運動部系の生徒は優先的に鬼になってる」
「それ、随分逃げる側に不利じゃないか?」
「あぁ、わざとそうしてある。時間制限目いっぱいまで逃げきれた生徒には運営側──生徒会から商品を贈呈するからな。ある程度逃げ切れる生徒は限定できるように鬼側は強くしておきたい」
「なるほどな。なら、仕方ないか」
納得して浅く頷き、それから少し考えてから首を傾げる。
「なぁ、それだと鬼の人間はただの運営サイドってことにならないか」
俺の言葉に生徒会の二人はきょとんとした表情を返す。自分の意図するところが伝わっていないことを理解し、言葉をかみ砕いて説明することにする。
「逃げる側には景品があることが分かった。じゃあ鬼は? 鬼はただ景品の獲得者を減らすだけの運営側なのか?」
俺の言葉に青がニヤリと笑う。対して生徒会の二人は軽く目を見開いた。
「全く考えなかったな……」
「……」
円は無言で先ほどまで作成していた書類に目を通している。頭を高速に回転させているのだろう、少しの間動きを止めた後、円は口の端をわずかに歪め、ガリガリとペンを走らせ始めた。
「────できた」
完成した書類をパッと目の前に提示される。本当、優秀な男だよ。その優秀さが心底鬱陶しい。
「なるほど? 逃げる側にハチマキを付けるシステムを導入して、それをポイントに換算するのか。上位5名に限って景品を贈呈、と。いいんじゃないか?」
青が書類を寄越せとアピールしたので手渡す。神谷がうずうずとした素振りを見せたが同席しか許していないのでさらりと無視する。
円は青が書類を見ていることに配慮してか、少しゆっくりと説明を始める。
「当日は俺たちも逃げる側として走る」
「……生徒会が? 当日は運営もあるし忙しいだろ? 何よりお前らは親衛対象だ」
それも公式の、と青が付け足すと円はピクリと眉を顰める。
「今期の生徒会はちゃんとコントロールできているはずだぞ」
「どうだか」
事実、大小問わないなら親衛隊による暴動なんて日常茶飯事だ。神谷も青に同調するようにうんうんと頷いている。こいつ、生徒会の配慮で同席できている身分の癖に遠慮というものがないな。肝が据わっているというより青に重点を置きすぎて他が見えていない感じがする。なんというか、危うい。
「まぁその話は今いいだろ。当日は風紀の方で警備網を張っておくし、何より人目につかない所は進入禁止エリアにする。鬼ごっこの性質上会場内は人目が行き届いているだろうから困ったことにはならないはずだ」
宥めると青は渋々といった調子で頷き椅子に座り直す。
「運営に障りがないよう、流石に全員を出す訳にはいかない。俺と、あと誰かもう一名を選出するつもりだ」
「了解。決まったら教えてね」
にこりと笑ってみせると円は安心したように表情を緩めた。それを見た俺以外の三人はぎょっとした顔をし円を凝視する。
「わら……っ!?」
「え、桜楠お前笑えるの!?」
グイグイと円の口角を押しながら田辺が尋ねる。円はというといつもの無表情で「笑ってたか?」と首を傾げる。頬をむにむにと田辺にいじられているために若干発音がままならないようだが。円の空気が困っているが自分でどうにかできるだろうと放置する。
「ちょ、田辺……」
「んー? うん」
むにむにむにむに
生返事をしながらも田辺の手は止まることがない。円もいよいよ本気で困惑しているようであわあわと手を彷徨わせた。
「田辺さん、円の頬を弄るのは一向に構いませんがとりあえずお開きにしませんか? 決めることは全て決めましたし。当日までに不備等見つけたらその時は風紀に連絡お願いします」
「はい、分かりました。ありがとう、夏目、椎名くん。それからそこの……神谷くんだっけ? 君も、お疲れさま」
円の頬を弄り続ける田辺に呆れながら、俺たちは軽く挨拶をし部屋を後にしようとする。退室の際にもう一度振り返って一礼をすると、円は俺の顔をじっと見つめ、困ったように眉を下げていた。
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