6-6

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 目が合う。じわじわと上がる体温に耐え兼ねそっぽを向く。 「赤」 「……なに」  つっけんどんな物言いに青の笑う気配がする。何が面白いと羞恥に唇を尖らせる。そんな反応すら楽しんでいるように、青の手が俺の手を包み込んだ。 「赤、もっかい言って」 「はあ?」 「さっきの、もう一回。頼むよ」  二度繰り返された。別に何も、怪訝な声を出したのは聞こえなかったからじゃない。突飛な言葉に理解が遅れたのだ。 「ね、赤」  青の顔が近づく。心臓の鼓動が早くなる。バクバクと脈打つたび浅くなる呼吸に、頭は次第に回らなくなる。  えっと、もう一回……もういっかい? なにをだっけ。えーっと、そうだ、 「すき」  青の首筋に口づける。緊張のためか少し汗ばんだ皮膚からは俺の好きな匂いがする。そのまま肩に頭を預け、バレないように匂いを嗅ぐ。青の肩に額を擦りつけ、浅い呼吸の間で何とか紡ぐ。 「青のことが、だいすき」 「っ、赤」  青が俺の体を引きはがす。焦ったような仕草。何かを我慢したような表情。目に映る情報全てから、俺はぼんやりと理解する。  ――拒否された?  拒否するっていうのはつまり俺はフラれたってことで。そうだよな、もう俺のことなんて好きじゃないよなぁ。掴まれた右手首を左手で解く。青の空気に困惑が滲む。 「ごめん。迷惑だったよな。もう言わない、忘れて」 「えっ、は、ちょっと赤?!!」 「そりゃ青は夏目の長男で跡取りだし、学園での人気も高いし、頭だっていいし運動もできるし、」 「赤ちょっとっ、赤!」  矢継ぎ早に青の好条件ぶりを上げていく。これだけいい物件なのだから心移りしても仕方ないと半ば自分を納得させるように、息継ぎするのも忘れて呟く。 「かっこいいし、視野も広いし、度量もあるし、風格も出てるし、」 「あ、あか?!」 「それに、」 「ゆ――由ッ!!」  珍しい呼称に思わず口を噤む。青の手が俺の肩を掴んでいた。熱のこもった視線に射抜かれる。一気に話していた声がなくなったためか、辺りはしんと静まり返っていた。不意に感じた居心地の悪さに、後ずさりをする。靴のゴムがリノリウムの床に擦れ、甲高い音が響く。逃げるなと言われているかのようだ。 「好きだ」 「……えっ?」 「由のことが好きだ。他の誰にモテたって嬉しくない。ずっと、お前の焦がれる視線が欲しかった。俺を欲しがってほしかった。別の奴が隣に立ってるとこなんてみたくない。俺だけが隣にいたい。ずっと独り占めしたくて仕方なかった。……だっせぇだろ。幻滅した?」  くしゃりと眉を垂らして笑う青に、首を振ってみせる。 「青はもっと余裕があるのかと思ってた」 「ないよ。微塵もない。そう見えるようにしてただけ」 「へぇー……それで、返事は?」  きょとんとした青の鼻をつまむ。呼吸を止められた青は少し苦しそうに「ぷへ」と声を上げる。 「返事。付き合ってくださいって」  つまんでいた手を放し、口角を上げる。緊張で強張った顔はかろうじて微笑みを形作る。少し歪になった気がする。青の手が俺の頬に伸びる。青の顔が近づく。チュ、と耳朶から音がした。 「喜んで」  声が近い。吐息が首筋を撫でる。青の髪が頬を掠める。ゆっくりと顔を起こした青がこちらを見つめている。頬にあった手はいつの間にか胸の上にあった。照れたように目が細められる。 「は、ドキドキ言ってる」 「……うるせ」  愛おしそうに唇を触れられる。思わずちらと出てきたばかりの病室を見遣ると、苦笑する声が聞こえた。 「移動しようか。外泊届も出してるし――俺の家か、ホテルか。どっちがいい?」 「えっ」  ホテルってどっちの。  内容が内容だけに聞くのも憚られる。青の手が胸から外れているのをいいことに、俺の心臓はさっきよりもより一層暴れ出す。心の中で兄なら何と答えるかを想像しつつ、口を開く。冷静に、冷静に。 「じゃあ、お前の家にお邪魔しようかな」  あれ? それってつまりご両親にご挨拶ってことでは?  頭の中で円が口笛を吹く。遅ればせながら気が付く。円がこと恋愛においてあてになる筈なかったと。
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