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「やだなぁ、由くん。理事長先生なんて他人行儀はよしてくれよ。背中がかゆくなる」
茶目っ気たっぷりにウインクを飛ばす叔父さんに、俺は思わず苦笑いをする。完全にアウェーな空気に、補佐さんは出て行ったほうが良いか迷っているようだ。
「まぁ、それは身内だけの時に呼ばせていただきますよ、理事長先生」
肩を竦めながら暗に補佐さんが戸惑っていると伝える。意味を正しく受け取った叔父さんは、それもそうだな、と呟きキリリと表情を引き締めた。
「立ち話もなんだから椎名君も田辺君もここにかけなさい」
勧められるままにソファに腰掛けると、腰が沈んだ。フカフカしていてうっかり寝てしまいそうな気持ちよさだ。ふにゃあ、と表情が緩んだ俺を叔父さんがほほえましそうな目で見る。気恥ずかしい思いに駆られ、視線を外す。視線を外した先には、叔父さんと同じような表情をした補佐さんがいた。
「椎名君がそんな顔してると、あの堅物の桜楠が顔をほころばせてるようでなんだかおもしろいですね」
楽しそうに声を弾ませながら補佐さんが言う。俺が困ったように笑うと、補佐さんはそれを見て目を細めて微笑んだ。自分の手をぎゅっと結び、一回深呼吸をしてから叔父さんに向き直る。
「円の話はいいとして。──理事長先生、そろそろ本題に入りましょう」
「あぁ、そうだった。忘れていた。由くんと会うのが久しぶりなものでついはしゃいでしまった」
その言葉を意外に思ったのか、補佐さんが話に入ってくる。
「親戚同士の集まりで顔を合わせたりなさらなかったのですか?」
「ええ、毎年都合がつかなくて、どうにも」
さも困った、という風に眉をひそめて言うと、補佐さんは首を突っ込みすぎたと思ったのか、短く謝罪する。この学園の特性上、他家の事情に興味本位であれこれ聞くことはよくないという意識が徹底して根付いているのだろう。どこに地雷があるかわからない以上賢明な判断と言える。
「いえ、いいですよ。これくらい謝罪をされるほどではありませんから」
「そうだよ、田辺君。気にしないでくれたまえ。…さて、由くんもせがんでいることだし本題に入ろうかな」
話すのが楽しくてつい脱線してしまう、と叔父さんは品のいい笑い方をしてからコホンと咳ばらいをした。
「うむ、最初に椎名君にはこれを渡しておこう。君の部屋のカードキーだ。これ一つで鍵と財布の役割を兼ねているからね。予備の発行には2万円かかるから失くさないこと。悪用される前に利用停止手続きもしないといけないから面倒だよ。あとは生徒手帳。外部に出かけるときは携帯してね。それを見たらわかると思うけど、椎名君はA組だよ」
「A組かぁ。僕はS組だから別のクラスだね」
補佐さんが残念そうに言う。
この学園はS、A、B、C、D、E、Fと7つのクラスに分けられていて、成績が上位者から順にS、A、B…となっている。つまり補佐さんはその役職を任されるだけあって頭がいい。ちなみにF組には素行不良者…端的に言えば不良が多く集まっているらしい。閉鎖された空間であるからフラストレーションが溜まりついつい暴れてしまうのだろう。理解はできる。
「ちなみに桜楠もSだよ。隣のクラスだし時々遊びに来てね。アイツ、椎名君がこの学園に来ると分かってからずっとそわそわしてるんだ」
会いたくてたまらないんだろうね、と付け足された言葉に声が詰まる。こわばる表情筋を無理やり引き延ばしてへにゃりと笑った。
「団欒もいいがひとまず話を続けさせてもらうよ」
「はい、すみません。続きをお願いします」
続きを要約すると、閉鎖空間がゆえに恋愛対象が同性へとはしる者が大半であるということ。容姿端麗な者には親衛隊というファンクラブのような組織が結成されるということ。学園の運営は生徒に多くが委任されており、それを統率する組織が生徒会であるということ。またそれの抑止力として、学園の秩序を維持するための組織、風紀委員会があるということ……などを教えられた。あらかじめ内部の知り合いに話を聞いていた通りだからそこまでの驚きはなかった。
「…分かりました。他に知っておくべきことはありますか?」
「いや、特にはないよ。強いて言うなら、そうだなぁ。椎名君にはそのうち親衛隊の話が上がるだろうけど結成するなら管理をしっかりするんだよ、ってくらいかな」
まぁ、同じ顔だしなぁ…。うんざりして思わずため息をこぼす。
「椎名君の部屋番号は、カードキーに書かれている通りだよ。話はこれでお終い。詳しいことは追々他の人に聞いてくれ。一応細かな規定の書かれたパンフレット渡しとくね」
「はい、ありがとうございました」
ソファから立ち上がり礼をする。
「じゃあ、寮まで送っていくよ」
補佐さんが微笑む。促されるまま、一礼し部屋を退出する。
「由くん」
叔父さんの声。
「はい」
「楽しい学園生活を」
俺は下手くそな笑みを顔に浮かべた。
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