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1-3
「じゃあ、寮まで案内するね」
「お願いします」
入寮のあいさつを寮長の生徒にしたいと申し出ると、補佐さんは管理人室へ案内してくれた。しかし、いざ管理人室についてみるとドアについている小窓は暗く、部屋の中はどうやら無人のようである。
「タイミングが悪かったみたいですね」
肩を竦めておどけた風に補佐さんに言うと、彼は困ったようにため息をついてドアを蹴飛ばした。
「おぉい、いるんだろ、真壁! 入寮者が挨拶に来たぞー!」
意外とアグレッシブな補佐さんに一瞬ギョッとするが、こちらの方が素なのだろうと思いなおす。美人なわりに男らしい人であるようだ。だがドアを蹴るのはいかがなものか。
どうやら部屋の中に潜伏していた人物もそう思ったようで罵声とともにドアが勢いよく開け放たれた。
「ノックは手でせんかいッ、壊れたら生徒会に請求書出すぞ!」
関西訛りの罵声はなかなか圧があったが補佐さんはゆるりとそれを躱しぷらぷらと手を振る。
「ごめんごめん、それより彼が入寮のあいさつをしたいんだってさ」
鋭くにらまれながらも爽やかにハハハと笑う補佐さん。あんた実は結構図太い人だな。
「入寮ぉ?」
関西弁の寮長に視線を向けられたので、軽く頭を下げ挨拶をする。
「こんにちは、今日から入寮する編入生の椎名由です」
にこりと微笑み、つまらないものですが、と言って菓子折りを手渡す。すると一瞬、彼はきらりと目を光らせ
「つまらんもんなんかいらーんっ!」
と言い放つ。補佐さんはギョッと後ろに一歩引き、それからキッと眉尻を引き上げて何事かを言おうとする。それを片手で引き留め、半笑いで寮長に尋ねた。
「なんで急に吉本ぶっこんでくるんですか」
それを聞いた両者の反応は対極的だった。吉本? とハテナマークを頭の上に浮かべている補佐さんに、ぱぁっと喜色満面の寮長。
「わかってくれるか!! やっと同志が! 俺と一緒にM1目指そや、椎名君!」
「目指しませんよ、お笑い芸人になりたいんですか、真壁さん」
「俺も二年やから真壁でええよ。そうっ、俺は同志と一緒にコンビ組んでM1で優勝するのが夢やねん!」
目をキラキラさせながら語られるが、言ってもいいだろうか。普通あのネタいきなりやられたら反応できないぞ。今後いきなりそれをやらないことを強く勧めたい。滅多に菓子折り持ってくる奴なんていないだろうから問題ないのかもしれないが。
すっかり真壁が盛り上がっているところに、おずおずとした補佐さんの声が入ってくる。
「あの、結局吉本って誰なんですか?」
人ではない。
*
補佐さんにちゃんと説明をしたところで、俺の同室者になる生徒について真壁に話を聞いた。
「えーっと椎名の部屋は204やから三浦くんと同室やな。大人しい子ぉやから特に問題ないと思うで。知らんけど」
「特に目立ったうわさも聞いたことないし、どちらかというと目立たない生徒っていう印象だよ」
内気な生徒だということだろうか。聞いた感じだと気が合いそうだし仲良くしたいものだ。
「そーなんですか~。仲良くなれるといいなぁ」
教えてくれた礼の意味をこめて笑うと、真壁が俺の顔をじっと見つめてくる。
「なんや、ずっと思ってたんやけど。自分、誰かに似てるなぁってよう言われへん? なんか見覚えあるんよなぁ……」
ニキビ一つないきれいな額にしわを寄せ、うなる真壁に内心驚愕する。円の知り合いに円に似てると言われなかったのは初めてのことで、驚くやら呆れるやらだ。
「え、真壁気づかなかったのか? 椎名君は桜楠の弟だよ」
「でも同じ二年やろ? あぁ、双子か」
心得ました、というように手をポン、と合わせる真壁。お笑い芸人になるのが夢だと公言している彼らしく、どこかその仕草は芝居じみていながらもおどけた印象を与える。
「うん、そう。円の弟の由です。よろしくね」
にっと笑い握手の手を真壁に伸ばす。真壁は何を思ったか、履いているスウェットで手をごしごしと拭き、それから勢いよく手を握った。
「コンビ結成やな、相棒! 目指せM1優勝!」
「いやしないし」
「ええツッコミ!!」
「ええぇ……」
なんだろう、負けた気がする。
真壁に惜しまれつつも管理人室を後にする。エレベーターの前まで補佐さんが送ってくれたので迷う心配もない。後日お礼になりそうなものを手渡した方がいいかもしれない。菓子折りは寮監と同室者くんに渡す分しか持ってきていないのだ。こんなことなら多めに買っておくべきだったかもしれない。
204のインターホンを鳴らすと、パタパタと軽やかな足音が聞こえてきた。
果たしてどんな奴が出てくるだろうか。一緒に過ごしやすい奴だといいんだが。見定めるべく、まだ閉まっているドアをじっと見つめる。
「はーい、どちらさま……」
同室者くんは気だるそうにドアを開け、そして伏目がちだった目を俺に向けた瞬間。
固まった。
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