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1-4
ドアを開け俺を見た途端に固まった同室者くんは、次の瞬間顔に満面の笑みを浮かべてにじり寄ってきた。
「編入生キタコレ!! しかも桜楠君と双子なんでしょ、超滾るわ~っ! 神様飯ウマですマジサンクス! あっ、俺三浦春樹〈ミウラハルキ〉でっすよろすくー!」
……大人しい子って、なんだっけ。
予め円の双子の弟が新たに同室者になることは知らされていたらしく、俺の顔が円と同じというくだりはなかったが、何やら意味の分からないことをすごい勢いでまくしたてられた。真壁や補佐さんは何を以てこの生徒を大人しいと称したのか。真剣に話し合いたい、早急に。
「よろしく。桜楠円の弟の椎名由です。仲良くしてね」
呆然とした気持ちを奥へ押し込み、声のトーンを上げる。ひらりと手を軽く上げて自己紹介をすると、三浦は「よっしく~!」とピースサイン。
「まっ、部屋上がんなよ。左俺の部屋だから右使ってね~っ! で、こっち共同スペース! とりあえず部屋に荷物置いてきな~。俺お茶淹れるから荷物置いたらここ来てね!」
ほらほら、と半ば急かされるように自室に入る。三浦が掃除をしてくれたのか、部屋は清潔だった。先に寮に送っていた大きな荷物や注文した教科書類は部屋の隅に鎮座していた。後で片づけなくては。その前に畠さんに連絡をした方がいいかもしれない。ここに通う手続きをしてくれたのは彼だし、何より過保護な彼のことだから無事に着けたかどうか心配してやきもきしていそうだ。
短いコール音の後、はいという声が聞こえた。やはり心配していたのだろう、電話をとるのがとても早かったことに少し申し訳なさを感じる。学校に到着したときにすぐ連絡すればよかった。
『由くん、無事に着きましたか?』
「うん、畠さん。なんとか着いたよ。ごめん、もっと早くに連絡すればよかったね」
安心したのか、スマートフォンの向こうからほっとしたような吐息が聞こえた。
『よかったです。編入なので何かと苦労もあるでしょうがどうか無理をしないよう。由くんは辛抱強いから私は心配です』
少し怒ったような口調で諭される。これは畠さんの口癖のようなもので、会うたびに言われることだった。家を出るときに彼は見送りをしに来てくれたのだが、その時にも同じことを言われた。心配してくれているのだと分かっているだけに耳タコだとは言いにくい。
「うん、気を付けるよ」
『以前にもそう仰っていましたがその時も無理なさってたのを存じているので申し上げているのです。由くんの分かってる、と気を付ける、は信用なりません』
ひどい言われようだ。
「今度こそ気を付けるってば。信用してよ、畠さん」
スマホからはー、という長い溜息が聞こえた。
『心配、です』
「うん……、ごめんね、ありがとう畠さん」
『本当に気を付けてくださいよ。ご飯もしっかり食べるんですよ』
「分かってるよ。じゃあ、もう切るね」
三浦を待たせていたことを思い出し、話を切り上げる。思ったより長く話し込んでしまった。
『はい、ではご自愛ください』
プツリと電話の切れる音がした。切れたスマホをしばらく見つめる。
──心配されるのってこそばゆいものなんだな……。
畠さんの言葉はいつもストレートでしつこくて口煩い。だがその感覚が嫌いではないのだ。俺はスマホを一撫でし、ポケットにしまいこむ。
共同スペースへ行くと、三浦が紅茶を淹れて待っていてくれた。
「あ、電話終わった?」
「ごめん、お待たせ」
電話が終わるのに合わせて淹れてくれたのか、紅茶はまだ温かい。
「これ、菓子折り。よかったら食べてね」
「おっ、椎名きゅんありがと~! 折角だし一緒に食べよっか」
中身は確かラングドシャだった筈だから丁度紅茶にも合うだろう。
……というか、椎名きゅん? いや、いいんだけど。
言いたくないなら聞き流してほしいんだけど、と前置きして三浦が言う。引くべきラインを弁えている姿に案外この同室者とはうまくやっていけそうだと第一印象を上方修正する。
「椎名きゅんはさ~、どーしてこの学園に来たの?」
確かにこの時期の編入は理由が気になるものだろう。俺は予め考えていた理由をつらつらと語る。
「そんな大した理由じゃないよ。会社を継ぐことを考えたらここの学園で人脈作った方がいいよね、ってなっただけ」
ありがちでしょ、と言って笑う。俺はうまく嘘をつけているだろうか。
「まぁ俺もそんなもんだしね~。どこもそんなもんか~」
LINEを受信したらしく通知を見た三浦が、「げ、」と声を漏らす。どうしたのかとそちらを窺えば、なんでもないよという仕草をして電源を落とした。
「返信しなくてもいいの?」
「あ、うん。いい、全然」
程なくして、三浦のスマホが電話を受信したのか振動し始めるが、彼は気に掛ける様子もなく「それよりさー」と話を続けようとする。
「え、出なくていいの?」
「大丈夫大丈夫」
いや、こっちが気になる。
こちらに気を遣って電話に出ないのではないと察せられるだけに何とも言い難い。気を遣ってのことなら「気にしないからどうぞ」と言うだけで済むのだが。
電話のコール音はしばらくして止み、再び鳴り始める。三浦は少しいらだったような表情をし、ついにスマホの元電を落とした。コール音が響いていた室内が一気に静まり返る。
本格的にどうしたらいいか分からなくなってきた。かける言葉を選びあぐねている内に、部屋のインターホンがけたたましく鳴る。
「はぁぁぁぁぁぁ……」
深い深い溜息の後、「ちょっと出てくるね」と異様に明るく笑い、それからスッと目を細める。ビキッと眉間に皺が寄る音がした気がした。
ピンポンピンポンピピピピピピンポーン
借金の取り立てのごとく鳴るインターホンが不意に止んだかと思うと、何やらカエルがつぶれたような声が聞こえた。
何が起こっているんだ……。
状況が把握できないまま玄関の方に耳をそばだてる。
「──んで、いいじゃ~ん! ちょっと会うだけ! どーせ明日会うんだよぉ!?」
「迷惑だろ、俺に!!」
「本音!!」
ぎゃいぎゃいとしたやり取りが次第にこちらに近づいてくる。相変わらず何が起こっているか分からないがどうやら三浦の知り合いが訪ねてきたようだ。
果たして、共同スペースの扉が開いた。
「はーい、こにゃにゃちはー!転校生く~んって桜楠補佐!?」
このテンション、なんだかデジャヴだ。
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