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1-7
風紀委員長の引継ぎはつつがなく行われた。生徒たちの熱い拍手を見るに青の着任は歓迎されているらしい。人当たりよさそうな顔で爽やかに笑う彼を見るとそれも頷ける。
そういった目で見たことがないから忘れがちだったが青の容姿は整っているのだ。この学園で受けそうな細身の爽やか系男子、というのが客観的に下される青への総評だろう。
叔父さんの言っていた親衛隊とかいう組織の規模も大きそうだ。
「いい顔……」
隣の花井の恍惚とした声が耳に入る。
「花井は夏目委員長の親衛隊に入ってるのー?」
「親衛隊? 入ってないよ。というか夏目君の親衛隊はない」
おや、それは意外だ。面食いの花井がかっこいいと評するほどだから青の容姿がこの学園受けするのは間違いないはずなんだが。
「風紀委員には親衛隊作るの禁止だからね」
あっても入らないけど、と笑う花井に訳を尋ねる。
「や、面倒事は嫌いなんだよね。組織とか大っ嫌い。生徒会役員も嫌い」
関わると面倒なことになるからね。
そう言われ腑に落ちる。確かに初対面の時から彼は円の弟としては俺に興味を持っていないようだった。
「その点、風紀は親衛隊持ってないし自分のファンたちをしっかり管理してるから好きかな」
なるほど理に適っている。つまり、花井は自分に火の粉が振りかかる心配のないイケメンが好きな面食いなのか。
『では、次に生徒会役員選挙についてです』
つらつらと生徒会長が役員の選出について話し出す。
選挙は5月。現在の立候補者及び他薦されている者は現生徒会補佐たち。もちろん選挙日まで日はあるからまだ立候補や他薦は受け付けているとのこと。他薦された者に限り辞退することができるらしい。
「ま、会長補佐の生徒会入りは確実だね」
興味なさげに花井が告げる。不愉快なことにその内容は昨日の長谷川と同じだ。少し面白くない。
「へぇ、すごいな」
思いの外感情が抜け落ちた声が出て苦笑する。花井は俺の顔を見て何事かを察したらしいが、さして関心も沸かなかったのかすぐに目線をもとの位置に戻した。
「他人事みたいに言ってるけどさ、」
目線はそのままに花井が言う。会長の話が続く中、小さい声は耳にまっすぐ入ってくる。
「椎名くんも顔いいから推薦されると思うよ?」
編入試験通ってA組ってことは頭もいいんでしょ。
馬鹿なの? とでも言いたげな花井の声は少し呆れていて。俺を気遣った訳ではない。ただ純然たる事実を告げるような口調にも係わらずその響きは優しく聞こえた。都合のいい解釈かもしれないが。
「それはそれは面倒なことだね」
この友人は存外優しいらしい。
午前の始業式、午後の平常授業が終わり放課後。初日くらい午前で終わればいいのに。さすが進学校はやることが違うというかなんというか。
教科書を鞄に詰め込む俺に、三浦がそういえばと口を開く。
「朝ご飯、おいしかったよー。弁当もありがとー」
「はい、お粗末様」
朝昼と勝手に作ってしまっただけだが、気に入ってくれたなら何よりだ。
後でお金払うね、とにこにこ笑いながら告げる三浦に花井は胡散臭いものを見るような目を向ける。口元を嫌そうに歪め、しばらくむっつりと黙り込む。
「……同室?」
「そっ、同室ー!」
三浦が明るく答えると、花井は更に気味悪そうな顔をする。
「変なの」
「俺もちょー同意ー」
三浦は深い溜息をつく。やめ時がなかなか見つからなくて、と零す三浦の肩をポンと叩く。なんだかよく分からない。分からないが。三浦は少し疲れているらしい。
ピロリン
スマホがLINEの受信を知らせる。
ごめん、と一言断って差出人を見ると青からだった。
『今から教室行っていい?』
何の用だろう。
『おっけ。A組』
不思議に思いながらも返信する。猫が万歳して喜ぶスタンプが返ってきて思わずクスリと笑う。
「どーしたのー?」
「夏目委員長、こっちに来るってさ」
ガタン、と花井が音をたてて立つ。
「え、いつLINE交換したの」
「編入生だからって昨日風紀委員長の連絡先教えてくれて。色々と気にかけてくれるみたい」
いかにもありそうな話を適当にでっちあげる。青には後で話を合わせてもらおう。
というか。……そうか、そういえば花井は青の顔が好みなんだったっけ。そりゃ一大事なわけだ。喜色満面といった様子の花井に対し、三浦はしかめっ面だ。
「俺、トーマのせいでふーきにちょくちょく注意受けるから苦手なんだよねぇ」
俺の視線に気づいた三浦がそう言い訳する。確かに常にあのテンションなら注意を受けることくらいあるかもしれない。
「そんな邪険にしてくれるなよ」
頭上から見知った声が降ってくる。
青だ。
「夏目委員長」
声を掛けると半笑いを浮かべられる。耳慣れない呼び方にむず痒く思っているのだろう。
何を隠そう、俺と青はColoredという同じ族に所属している不良である。俺が総長で青が副総長。二人とも夜の街で喧嘩を売られては買い、相手を潰している。出会いは俺が中学一年のころまで遡るのだが今は割愛しよう。
俺をこの学園に誘ってくれたのが青で、そこがたまたま叔父さんの経営する学園であったため丁度その折に話題に上っていた編入の話がトントン拍子に進み現在に至る。
俺も青も一応はいいトコの坊ちゃんだからヤンチャしているのが露見するとまずい。一応は隠しておこうと予め言い合わせている。
「ちょっと椎名君に話があってね。風紀室まで来てもらえるかな。あ、悪い話じゃないから肩の力は抜いてくれ」
青は俺の眉間に優しく触れて皺を溶かす。
「大丈夫」
かけられる言葉に、肩の力が抜ける。
「分かりました。三浦、花井はここで待ってて」
「分かったぁー」
「ん、了解」
二人の了承を得て席を立つ。教室を見渡すと、青は存外目立っていたらしくクラスメイトの視線が俺たちの机に集中していた。シーと口元に人差し指を立て笑うと、コクコクと頷きを返される。隣の青が呆れ顔で俺を見ているが気にするものか。下手な噂が立つよりもよっぽどマシだ。
「ここの生徒の扱い方心得るの早すぎじゃね……?」
「分かりやすいだろ、色々と」
ニヤリと返すと苦笑を返される。
「ま、どうせすぐに噂になるだろうけど」
「よーく分かってんじゃん、赤は優秀だねぇ」
爽やかな好青年然とした甘やかな顔つきに浮かぶのは、この学園の者は知らないであろう意地悪そうな笑み。相棒は言い忘れてた、とオマケのように笑って告げる。
「赤。桜楠学園へようこそ」
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