図書室より愛を込めて

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 放課後、僕は数学科教員室に行った。味尾にはまだ報告していない。  ノックして戸を開け、植野先生の名前を呼ぶと、奥のほうの席にいた先生が手を挙げて「こっちまで来て」と手招きした。 「あら、高城君。珍しいわね、どうしたの?」  僕はブレザーのポケットに入れていた付箋を取り出して、他の先生には見えないように、それを植野先生に向け差し出した。 『わかりました』と、書かれた付箋。 「先生が書いたものですよね」と、僕は小声で言った。  植野先生は声こそ出さなかったものの、その目にはわずかに驚愕の色が浮かんでいた。  しばらく先生も僕も無言だった。僕は、これ以上この場で自分から言葉を発するつもりはなかった。  しばらくそうしていたが、何も言わない僕の意図を図りかねた先生が怪訝そうに目を細めた。そこで僕はもう一手を加えることにした。 「中谷未来さん」  植野先生は今度こそはっきりと驚きの表情を浮かべた。僕はさっと顔を伏せて、ふたたび黙りこくる。自分からこんなことを仕掛けておいて、こう感じるのも虫が良い話だと思うけれど、僕は自分がしていることに対して本当に趣味の悪いことだと恥じていた。  それでも、僕はどうしてもこの賭けに出なければならない。僕は植野先生と話がしたかった。  永遠とも思える数秒間のあと、先生は僕の気持ちを察してくれたのか「ついて来て」と短く言って立ち上がった。教員室を出て、隣の数学科準備室に入る。僕もあとに続いた。  準備室には誰もいなかった。 「中谷未来さんと付き合っていたんですか?」  開口一番にそう言うと、植野先生は心臓を刺されたように顔を歪めた。 「……そう。そんなことまで、知ってるのね」  僕は事の発端から今までのことをかいつまんで説明した。それを先生は、額に手を当てて聞いていた。 「……味尾さんね、変わった子だとは聞いてたけど、たったあれだけの手紙でそこまで調べるなんて」  脱帽だわ、と先生は天井を仰いだ。 「どうして、中谷先輩と別れたんですか」  僕がそう尋ねると、先生はほとんど睨んでいると言ってもいいような目付きで僕を見つめた。細いフレームの眼鏡に囲われたその目は、普段よりも威圧感が増している。
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