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しばらくの沈黙が落ちたあと、先生は静かに口を開いた。
「……仕方ないことなのよ。きっと彼女は、不安になってしまったんでしょうね。ちょうど、進路を決めなければいけない時期でもあった。……同性しか愛せない自分が、これからどんな人生を歩むのかを考えたときに、怖くなってしまったんでしょうね」
私も、昔はそうだった……。
最後に呟いた先生のその言葉は、僕の中に、すとんと落ちた。熱かった顔が、すっ……と冷めた。
明かりも点いていない準備室は埃っぽくて、髪の毛や肌に何かが吸い付いてくるような感じがする。僕はそっと自分の頬に指を触れた。涙が流れているんじゃないかと思ったのだけれど、それは錯覚だった。
「先生は、それでいいんですか……」
もう一度同じことを僕は尋ねた。自分のことを、馬鹿みたいだ、と思いながら。
先生はそんな僕をじっと静かに見つめ、やがて言った。
「あなたには、関係のないことよ」
そのとき、窓のカーテンから差し込む夕陽を背に微笑んだ先生の口元だけが、薄暗い準備室の中でぼんやりと浮き上がった。
ああ綺麗だな……と思って、僕はまた泣きたい気持ちになる。
植野先生は最後の最後に、先生として、僕を気遣ってくれた。
あなたは優しい子ね、と囁いた先生の声だけが、空しい僕の心に降り積もった。
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