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* * *
「それで、直接話を聞きに行ったということか。全くとんだ野暮助だな君は」
数日後、図書室のカウンターに座った僕は、項垂れて味尾の叱責を受けていた。味尾は一応ほかの受験生たちに遠慮しているらしく、ヒソヒソと僕をなじる。
「大体、他人の恋路にむやみやたらと首を突っ込む奴は、馬に蹴られて地獄行きだ」
「味尾だって、二人の関係に首突っ込んでたじゃないか……」
「私は首を突っ込んでいたわけじゃない。陰から嗅ぎ回っていただけさ」
「それもどうかと思うけど……」
僕は釈然としない気持ちで身体を伸ばし、椅子の背もたれに身を預けた。放課後の図書室の中に、窓のカーテンを透かして夕陽が入り込む。それを眺めながら、僕はぼうっと植野先生のことを考えた。
数学科準備室で微笑んでいた植野先生のことを。
『わかりました』の返事を書いた植野先生のことを。
あなたは優しい子ね。
そう言ってくれた植野先生のことを。
そんな僕にじっと目をやっていた味尾は、おもむろに口を開いたかと思うと静かに語りだした。
「高城、これは十年来の友人からの忠告だ。心して聞きたまえよ」
僕はキョトンとして味尾を見上げた。一体何を言い出すつもりなのか。
味尾は実に神妙な表情を作ってみせると、僕のほうに身を乗り出した。
「大切な友人の恋を応援したいのはやまやまだが、彼女が君に恋愛的好意を持ってくれる可能性は低いんじゃないかい」
僕は一瞬呆気にとられた。味尾は真面目くさった顔でこちらを見つめている。その様子を見ているうちに、かっと全身が沸騰して、僕は腹立ちと羞恥がない交ぜになった視線で味尾を睨みつけた。
そうしたら味尾が大袈裟に肩を竦めてみせるので、思わず「アメリカ人か」と突っ込んでしまった。不覚だ。
「まあとにかく、彼女たちの手紙交換は終わったんだろう?これで心置きなく本を借りることができるよ」
味尾は満足そうにそう言って、あのミステリー小説を僕に差し出した。僕は溜め息をつく。この探偵気質の友人は決して悪い奴ではないと信じているけれど、いささか無神経が過ぎるんじゃないだろうか。
今はもう手紙の挟まっていない本を受け取り、僕はパソコンに向き直って貸し出し記録をつけた。
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