図書室より愛を込めて

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 この部屋はこんなにも本で溢れているというのに、本を読むどころか本棚に近付く人もほとんどいない。皆参考書とにらめっこするのに忙しいのだ。  そんな中、空気も読まずに堂々と、それこそ能天気と形容して許されるような潔さで、ただ単に娯楽を求めて図書室内を物色して回る人物がいることに、僕は気が付いている。  彼女は自分の暇を潰してくれそうな書籍と巡り会えたのか、颯爽と僕が座る受付カウンターまで歩いてきた。 「高城(たかき)、貸し出しいいかな?」  そう言って、完璧に気取っているかのような仕草で、優雅に紳士淑女的に、僕に向かって本を差し出す。傍目に見ればふざけていると思われるだろうが、わざとやっている訳ではない。無自覚の癖だ。彼女と十年来の付き合いである僕は、それを知っている。 「じゃあ、ここに名前を書いて」  彼女が持ってきたのは十年くらい前に出版されたミステリーだった。僕は受け取った本から貸し出しカードを取り出し、それの一番新しい欄に名前と日付、それから所属クラスを記入するよう指示した。  彼女───味尾(みお)椎名(しいな)は、カウンターに備えつけのボールペンを手に取ると、指先でくるりと回転させて大袈裟なほど美しい弧を描いてみせた。僕はいちいち突っ込んだりしない。 「おや、この本を借りるのは私で二人目のようだね」  味尾はまだペン回しを続けながら、空いたほうの手でカードを持って呟いた。覗いてみると、確かに前回の貸し出しは六年前の一回きりになっている。
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