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その瞬間。
間に合わないだとか、危険だとか、何も考えていなかった。
スクールバッグを放り出し、翼は気がついたら車道に跳び出していた。次々とクラクションを鳴らしながら迫ってくる車を数台、ぎりぎりでかわす。
心臓をドクドク爆走させながら、声にならない声で叫んだ。
間に合え!
猛ダッシュしながら、目をまん丸にしていた小人を両手ですくい上げる。そのまま道路を突っ切れば、間一髪で自動車を避けられるはずだった。
ここでつまずいて、派手に転びさえしなければ……
「あっ……!」
膝を思い切り打ちつけた。ズキンッと鋭い痛みが襲ってくる。と同時に背筋を悪寒が駆け巡った。車が眼前まで迫ってくる、なのに体は凍りついたように動けない。
ぶつかる。
頭の隅でそう思った瞬間、誰かにふわりと抱きしめられる、感覚。
その誰かは、片手で翼を抱きしめたまま、空いた方の手を車に向かって突き出した。突き出された手に飾られたブレスレットの、黒い石が輝く。
「──止まれ」
凛、と響く声。
翼の目が大きく見開く。
(……うそ)
ピタリ、と、車が止まった。
時間そのものが、停止したかのように。
ほんの、コンマ三秒の出来事だ。きっと他の人が見ていたとしても、車が止まったという事実に誰も気づかなかっただろう。だが、翼の目は一部始終をしっかりと捉えた。
そして、この三秒が生死を分けた。
「今のうちに早く!」
誰かの声にハッとなって、翼は慌てて車道を横切る。直後、何事もなかったように時間は動きだして、車は乱暴に走り抜けていった。
もし、あの車にひかれていたら……そう考えるとぞっとして、翼は足から力が抜けた。安全な歩道でへなへなと、その場に座りこんでしまう。
ふと思い出して、自分の掌にすっぽり収まっている小人を見つめた。
「あ、あなた大丈夫?」
翼が話しかけた途端、ぎょっとした表情になる小人。焦ったように、ぴょん、とバッタみたいに跳ねて、翼の手から離れる。
そのまま、そそくさと走り抜けて、どこかへ消えてしまった。もしかすると、怖がられてしまったのかもしれない。
(まあ無事でいてくれたなら、なんだっていいわよね)
そう納得して肩で息をついたとき、
「君、大丈夫?」
頭上から、澄んだ声。翼は思い出した。
そうだ、自分はこの人に助けられたのだ。
「あ、だ、大丈夫です! その、ありがとうござい……」
お礼を言うつもりだったのに、相手の顔を見て、凍りついてしまった。
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