一章 エメラルドの瞳

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* * * 「はい、これで大丈夫よ」  美羽矢高校の養護教諭・深谷小夜子(ふかやさよこ)先生は、まだ二十代後半の若い女性だ。翼の膝の手当てを終えると、にっこりほほ笑んだ。  長くつややかなストレートの髪が、さらり、と流れる。噂によると半分はヨーロッパ系の血が流れているらしく、目は青みがかった灰色で、鼻筋もすっと通っていた。 「担任の真部先生には、もう伝えておいたから。ゆっくり教室に行くようにね」 「ありがとうございます、小夜子先生」  ぽっと顔を赤らめながら、翼は礼を言った。  小夜子先生は、翼が密かにあこがれている存在である。きれいで、優しくて、おしとやか。  看護士ではないが「白衣の天使」という名が本当によく似合う。  しかも…… 「あれ先生、その指輪……」 「あら、気づいちゃった?」  小夜子先生にしては珍しく、いたずらっぽい笑みをこぼした。そして、ほっそりした薬指にはめた指輪を見せてくれた。  透明な小粒の石がついた金の指輪で、とても品がいい。アンティークの物だろうか、精緻な模様がほどこされていて年季が入っているのが感じられる。  ついドキドキしながら、翼は小声で尋ねた。 「これ、何の宝石ですか? 透き通ってて、とてもきれい……」 「これはクリスタルよ。私、誕生月が四月で、四月の誕生石はクリスタルだから」  そう言って目を細める小夜子先生は、同性の翼から見ても、文句の言えない美人だ。指輪を贈ってくれるような男性の相手がいても全然、不思議ではない。 「いいなあ」  うっとりとする翼に、あら、と小夜子先生は首をかしげ、 「彼は? 高梨さんのボーイフレンドじゃないのかしら?」 「ええ!?」  ぎょっとして、翼はベッドの方を見た。  そこには勝手にベッドに横たわって、すやすやと眠っている、例の少年。 (ね、寝てる!)  というより、完全に熟睡している。学校の保健室なのに、しかも先生の前で堂々と。翼は慌てて弁解した。 「ち、違います違いますっ。あの子とはまだ会ったばっかで、車にひかれそうになったのをたまたま助けてもらって、それで」  そこまで言って、不意に思い出した。不自然に、一瞬、車の動きが止まったあの現象を。あれは一体、何だったのか。 「まあ、そうだったの。あ、そういえば、私ちょっと会議室に呼び出されてたの。悪いけど、先に行くわね。もう教室に戻って大丈夫よ」  小夜子先生はイスから立ち上がると、保健室を出る前に一度ふり返り、 「高梨さん、教室に戻る前に彼のこと、ちゃんと起こしてあげてね」 「あ、はい、ありがとうございましたっ」  ぺこり、とお辞儀をする翼に、小夜子先生はもう一度笑いかけてから出ていった。  先生の靴のヒールの音が遠ざかっていったのを確認し、再び少年の寝顔を覗く。試しに声をかけてみた。
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