三章 魔法使いの町

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 *  * * 「ただいまー」  心身ともに、どっと疲れた状態で翼は帰宅した。  今日一日、いろんなことがありすぎた。とりあえず今夜は早く寝たい。 「おかえりー!」  そんな姉の事情を露ほども知らない翔の声が、廊下の向こうから響いてくる。 「ねーちゃん!」  その弟にリビングに入った途端、勢いよく出迎えられた。彼の手には、ぶ厚い恐竜図鑑。翔は待ってました!と言わんばかりに、 「ねーちゃんクイズっ、いつものクイズしよっ」  翼は思わず苦笑する。  出た。翔の恐竜クイズ。ちなみに翔は筋金入りの恐竜オタクだから「ティラノサウルスは肉食でしょうか、草食でしょうか?」などといった生ぬるい問題は一切出さない。  それを分かった上で、翼はやや胸をそらして正々堂々向かいあった。疲れてはいたが、弟からの勝負はいつどんなときも受けて立っている。自分だって十七年間、伊達に学芸員と古生物学者の娘をやっていない。 「分かったわ。遠慮なく来なさい」  翔が生き生きした様子で口火を切った。 「じゃあ問題! 人類が地球上に誕生してから現在まで、せいぜい数百万年と言われています。では、恐竜は誕生してから滅びるまで、約何年、地球上に君臨し続けたでしょう!」  翼はぐっと眉根を寄せた。なるほど、そう来たか。 (やだこの子ったら、ホントに遠慮ない問題出してきた!)  翼は自身の知識を総動員して考えを巡らせた。  人類がせいぜい数百万年ということは、恐竜はその年数をはるかにしのぐわけだ。  恐竜が出現したのは『三畳紀』と呼ばれる時代。それから『ジュラ紀』『白亜紀』まで生きていたから……ダメだ。そもそも、それぞれの時代の年数なんて覚えていない。 「どう? ねーちゃん」  うきうきとした様子でにじり寄ってくる翔。 「降参?」  悔しいけれど仕方ない。翼は観念して両手を軽く上げた。 「はいはい、降参。お姉ちゃんの負けです」  姉が負けを認めたときの翔の表情の輝きようといったら。 「そっかそっか! やっぱ、ねーちゃんには難しかったかー!」  天使のような無邪気な笑顔で、生意気なことを言う。そこで黙っていられるほど、翼も大人ではなかった。先ほどの弟と同じように頬を膨らませる。 「こら。負けを認めたんだから、答え教えなさい」 「えへへっ、答えは『約一億五千万年』でしたー」  すごいだろっ、とソファーの上で仁王立ちしながら翔は胸を張る。いや、すごいのは翔じゃなくて恐竜だから、という心の言葉を口に出すのはよしておいた。 「こらこら。ソファーの上に立っちゃいけません。じゃあ、わたしからも問題。今日の晩ご飯はなんでしょう」  翔は買い物袋からややはみ出たシチューのルーを目ざとく見つけた。 「クリームシチュー!」 「はい、せいかーい! 今日はお母さん仕事で帰り遅くなるから、先に晩ご飯二人で食べちゃおう? という訳で、シチューできあがるまでに宿題済ませちゃって」  ゲーム機に手を伸ばしかけていた翔はちょっと残念そうな顔をしたものの、素直に言うことに従った。  フローリングに置きっぱなしのランドセルから筆箱と問題集を取り出し、リビングのテーブルで算数の宿題を大人しくやり始める。  その様子に満足し、翼はキッチンで晩ご飯の準備に取りかかった。
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