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♪ピンポーン♪
出発の前に隣人に挨拶を済ませてゆこうと、私は隣のインターホンを押した。
私の部屋はどんつきの角部屋だから、挨拶はひとつだけ。
隣に住む、大学生のお兄ちゃんだ。
彼にとって、私の奏でる生活音はかなり騒がしかったようで、迷惑をかけたから、挨拶くらいはしてゆかねばと思っていた。
かなり気難しい人で、ちょっと大きな声を出すと、ドンドン壁を叩かれてたから、本当は少し苦手なんだけどね…
電気メーターが回っていたから、今は部屋にいるようだ。
かなり待たされ、家主はやっとドアを開けてくれた。
「えっと…那須川さん、ですよね?あの…隣の部屋の小橋です。
いつもうるさくして、ゴメンなさい。私、いつも気が付かなくって」
「…………」
無反応だ。
そういえば、ごみステーションでたまに見かけるけど、この人の声殆ど聞いたことないんだよな…
思いながらも、エヘヘと愛想笑いで続けた。
「あの…今月で、引っ越することになりまして。日曜日に引き払う作業するので、スミマセンけど、またうるさくすると思いますので…」
準備していた洗剤セットを手渡すと、それは受け取って貰えたが…
うーん、やっぱりニガテだな、このヒト。
それではと、早々に身を翻えそうとした時だ。初めて彼が声を出した。
「へえ。ずいぶんと急ですね。
どうしてまた?」
意外に深い、優しい声。
私は急に恥ずかしくなり、俯いた。
顔が熱い。
「あの…私、結婚することになったんです。
それで…」
「それは……
おめでとうございます」
「あ、ありがとう…」
3年間も暮らしていて、たったそれだけのやり取り。
だけど、
殆ど知らない、どちらかというとニガテなタイプだと思っていた人に、そんな風に祝福して貰えるなんて。
急に嬉しくなった私は、ルンルンと鼻唄を唄いながら、新居まで軽トラを走らせるのだった。
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