匂い

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事務所へと戻ると叔父さんが資料を漁っていた。 「榛名!2人に会ったんだな!?」 「屋上に行った2人を追ったんだけどもういなかった。でもその代わりにコレが。俺が勝手に見ていいものかわからなかったからまだ見てない。」 黒い封筒を叔父さんに差し出すと齧り付くのように手紙を読み始めた。 読み終えた後、叔父さんは黙って立ち尽くしていた。 「俺も読んでいい?」 叔父さんは無言で俺に手紙を差し出した。 手紙を持つ手が震える。 あの時俺を止めた生温い風が俺を縛り付けているようだった。 文章の始まりは急いで書き足したようだった。 " 隣の席の君へ。 この手紙は要点だけを記します。 読んだ後は完全に燃やして処分してください。 第一にあの刑事は生きています。 組織の管理下に置かれ身動きが取れる状況ではありませんが必ず解放します。 組織のトップである「帝」から組織の再構築の命令を受けました。 「帝」は組織の上層部すら正体を知りません。 そちらで探る事はまず不可能だと思われます。 再構築にあたり近々大きな抗争が秘密裏に行われると思います。 それに乗じてこの組織を潰します。 私たちで負の連鎖を終わらせたい。 情報のやり取りは学校の私のロッカーで行います。 私たちは貴方達の力を借りたい。 あなたたちは常に見られています。 唯一のセーフティーゾーンが事務所です。 気をつけて。 黄泉 " 「叔父さん。コレって…」 「榛名、信じるな。既に俺たちが動いていることが無効に筒抜けなんだ。俺たちを潰す策かもしれない。」 「でもあの2人の情報提供がなきゃ八方塞がりじゃないの?この文字から嘘の香りはしない。俺は彼女達を信じる。」 「お前、嘘の香りって…まだ共感覚が残ってたのか!?」 俺は昔、家族や友人に香りのことを話していた。 しかし、集団行動を強いられる学校に入ってから俺の共感覚という個性はイジメの対象になり自分の持つ能力を隠して生きてきた。 「ごめん。大人に気味悪がられるのが怖くて無くなったって嘘ついてた。」 叔父さんは俺の方に腕を回し開いた方の手で頭をグシャグシャと撫でた。 「なんだよ!」 「助かるぜ。俺にはお前能力が必要だ。もちろん能力だけじゃねぇ、俺には榛名って人間が必要なんだよ。改めてよろしくな、相棒ちゃん。」 叔父さんは昔から俺の能力は社会の役に立つと言ってくれた。 心の奥底に隠していた自分が改めて認められたようで嬉しかった。 「相棒なら叔父さんじゃなくて健二でいいでしょ?」 「調子乗んな!」 そういうと叔父はジッポーで手紙を燃やし始めた。 手紙はあっという間に燃えて跡形もなくなり灰皿には黒の灰色の燃えかすだけが残った。 なんとも古典的で単純な証拠の隠滅。 インターネットの普及した今の世の中ではある意味1番簡単で確実な証拠の隠滅かもしれない。 サーバー上でやりとりすればどうやっても証拠が残る。 表面上では消えたように見えても闇の中でくすぶり手を加えれば簡単に息を吹き返す。 情報は人間よりも先に不老不死の領域に達したと言っても過言ではないだろう。 「何センチメンタルな顔てんだよ。今俺たちがやるべきことは何か考えろ。まだまだゴールには遠いぞ。」 少しだけ煙たくなったからか叔父がタバコをふかしはじめた。 「次やることは…篠崎さんたちと八咫烏の関係性を探すこと。」 「正解だ。じゃあどうやる?」 なぜ俺に全て考えさせるのだろう。 叔父が主動で進めた方がスムーズなはずなのに。 考えたが俺の頭では答えは出なかった。 「わからねぇか。まぁ、それが一般人と俺や尾崎みたいなやつとの差だな。今はそれでいい。」 「一応俺普通の高校生だから。」 皮肉交じりに返すと叔父は笑った。 「俺がお前に考えさせたのはバックアップを作るためさ。これだけデカい山になると俺にいつ何があるかわからねぇ。お前が1人でもどうにかできるようにしてんだよ。」 バックアップ… そうか! 俺の顔を見た叔父は嬉しそうに笑った。 「叔父さんの知り合いの尾崎って人もバックアップを作ってるって事だよね?多分、警察組織の外側に何かあった時用で。」 「正解だ。俺が現役だった時代から作ってた。八咫烏の奴らに場所が割れてる可能性があるが行ってみる価値はあるだろ。」 人生で一番刺激的で甘酸っぱい香りの夏休みが始まった気がした。
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