ふたり

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ふたり

我が国で1年間で発生する行方不明者の数約8万人。 古からこの国ではしばしば人が消える。 人と人とのつながりが薄れた現代、行方を追う者はごく少数で大概が親族だが例外もある。 「学校随一の美人2人が行方不明になった?まさか俺に探せって言ってんじゃないよね?」 ソファーに寝転び資料ファイルを顔にのせ、あからさまに面倒くさいと言う態度で返事をする。 「叔父さんいつもそんな風にやる気がないから前回の依頼主に途中で断られたんだよ。」 叔父は勢いよく起き上がり顔の上に乗せていた資料が股間に直撃する。 「痛って!!クソが!いいか、お子ちゃまにはわからねぇんだよこの仕事の大変さがな!」 淹れたコーヒーをテーブルの上に置き正面のソファーに座る。 今日はうまくコーヒーを淹れられた。 苦味の中にほんのり甘い香りが鼻を抜ける。 「大変なのは知ってる。とりあえずお客さん来たらその風貌じゃ怖がると思うけど?」 鼻の頭まで伸びた前髪と口周りの伸びきったヒゲはどう見ても不審者にしか見えない。 顔だけでいえば福山雅治似のイケメンだが他がてんでダメだ。 よれたスーツに靴底が削れてほぼなくなっている革靴。 口元が寂しいとかの理由でほぼずっとタバコをくわえている。 叔父さんからはセブンスターの香りの奥に柔軟剤の香りがする。 髪もヒゲも適当なくせに洗濯は欠かさないから不思議だ。 「榛名お前もしかして、そのどっちかに惚れてたのか?」 そう、俺は篠崎さんが好きだった。 物静かでほとんど人と話すところを見たことがない。 窓際の席で日光に照らされて輝くブロンドの髪と透き通った青い瞳は絵画でみる天使のようで一瞬で虜になった。 香りも独特でまるでイチジクのように甘くどこか青々しい。 年齢にそぐわない大人の香りだった。 最近転校して来た久瀬さんは長く艶やかな黒髪に磨いた黒曜石のような黒く力強い瞳と真っ白な肌の対比が印象的な篠崎さんとは違ったタイプの美人だった。 艶やかな彼女からは蓮の花のような香りがしていた。 まるで惚れ薬を撒いているようで思わず振り返ってしまう。 2人は久瀬さんがクラスに転校して来てからすぐに仲良くなったようだ。 篠崎さんは久瀬さんが来てから僕らクラスメイトが見たことのない顔を見せてくれた。 2人の会話はどこか謎めいていて上品で男子たちを虜にした。 しかし、学校の近くで起こった事件で使用された凶器を見つけて以来、度々警察の人に呼び出されるようになって2人は学校に来なくなった。 クラスでは関係があっただの、実は犯人だの噂が流れていて独特の空気に最近は教室にいるのが嫌になる。 「お前、心の声漏れてるぞ?」 叔父が死んだ魚のような目でこちらを見ている。 「なっ。だから探して欲しいんだよ。俺じゃどうにもできない。」 叔父はまたソファーに寝転びアクビをしながら僕のお願いに答えた。 「金にならねぇからなぁ。あと1時間お客が来なかったら探してやるよ。どうせ高校生レベルの家出だろ。」 あと1時間か。 どうせ誰も来ないだろう。 叔父さんは2年前まで刑事をしていたが突然退職し今はこのボロ事務所で探偵をしている。 小遣い稼ぎのために週末はここでバイトをしているが依頼人はほとんど来ない。 来たとしても叔父さんの警察時代のコネで大体はすぐに片付いてしまう。 コンコンコン。 誰かが扉を叩く音が響く。 なんでこんなときに来るんだ! 少しふてくされながらドアを開ける。 「はい。ご依頼でしょうか?」 扉の前には小柄で小綺麗な紺色のスーツを見にまとった中年男性が立っていた。 ウチに来るお客さんとしては珍しいタイプだ。 こんなに仕立てのいい服を着ているなら香水の匂いくらいしそうだが無臭に近い。 「ええ。ここの主人に用がありましてね。失礼しますよ。」 そういうとズカズカと中に入ってきた。 言葉遣いの割に行動が強引で一瞬固まってしまった。 「え、あっ。ちょっと!」 「織田くん。探したよ。」 この声を聞いて叔父さんは慌てて立ち上がり頭を下げた。 おじさんのあんなに慌てた様子は初めて見た。 「か、神田さん。お久しぶりです!!おい榛名すぐお茶出せ!」 叔父さんに言われるままにお茶を用意しながら横目で叔父さんの様子を確認する。 対面して座っている2人はどちらも話出さず俺がお茶を入れる音だけが事務所に響いている。 神田さんにお茶を出していつものように叔父さんの隣に座ると手で払われた。 「いや、君もいてくれて大丈夫だよ。」 神田さんは笑顔で僕に言ってくれたが笑顔の裏の威圧感が俺の尻を椅子に固定させる。 この人やばい… 「神田さん。2年も経って俺に何のようでしょうか?」 重苦しい沈黙を叔父さんが這い上がるように破る。 「尾崎との連絡が途絶えた。一緒に行動していた相棒とも連絡がつかない。」 叔父さんは前のめりになり目を見開いている。 「尾崎が?何かに巻き込まれたってことですか!?」 「部下たちには最近教会でおきた事件の凶器が置かれていた学校に行くと伝えていたそうだ。 さらに凶器の発見者の生徒が尾崎と同日から、発見者の友人で尾崎の個人的なブレーンの女子高生は尾崎失踪の前日から連絡が取れないらしい。」 それって、篠崎さんと久瀬さんじゃ… 目の前で語られている現実が受け入れられない。 「じゃあ、4人は何かに巻き込まれた可能性があるってことですか?」 「ああ。実はな、教会で起きた事件は公安が追うことになっていたんだよ。」 「公安が?テロ組織かなんかの犯行ですか?… 」 「いや、もっとデカイ山だよ。君が警察を去る原因になった組織。八咫烏さ。」 やた…何だそれ? 横に座っている叔父さんの横顔は明らかに動揺していて呼吸も早く浅くなっている。 「あんたらじゃ追えないから俺に追わせるってことですか?」 それを聞くと神田さんは頭を下げた。 「頼む。上層部は信用できない。公安が動くと言っていたが揉み消される可能性が高い。お前しかいないんだ。」 叔父さんの手は震えていて震えを止めようと両拳を握りしめていた。 「資料を。俺にください。」 「織田くん。すまない。」 叔父さんは必死で笑顔を作って神田さんを見つめる。 「親友がいなくなって黙ってられんないでしょ。報酬、弾んでくださいよ。」 神田さんはまた頭を下げ、資料を置いて事務所を後にした。 叔父さんはすぐに資料を読み漁りながら俺に話しかける。 「結局お前の依頼も受けた形になったな。」 「叔父さん。俺にも何かできないかな?」 それを聞いた叔父さんはピタリと手を止めて真剣な目で僕を見つめる。 「お前。篠崎って子に本気で惚れてんのか?そいつのためにテメェの命賭けられるか?」 俺は即答で頷いた。 「よしわかった。でもな、1つだけ守ってくれ。俺がこれ以上踏み込むなと言ったら手を引け。命がいくつあっても足りない。俺らが相手にする八咫烏はそういう奴らだ。」 八咫烏…
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