匂い

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匂い

終業式当日。いよいよ明日から捜索開始だ。 こんなに不安と緊張が入り混じる夏休みの始まりは経験したことのない。 登校して自分の先につこうと窓際に視線をやるとそこには美しい少女が2人。 平然と席に座っている。 想像もしなかった現実に体が固まった。 教室の入り口で立ち尽くしていると篠崎さんと目があった。 青い瞳に吸い込まれるように彼女の元へ向かう。 「久しぶり!心配したよ。突然休んだからさ!」 篠崎さんのは肘をついてこちらを見上げながら薄い笑みを浮かべていた。 「烏丸くん、だっけ?話したことないのに心配してくれるなんて優しいのね。」 心臓にナイフを刺されたようだった。 確かに俺が勝手に彼女への憧れを募らせていただけだがこんなにもストレートに言葉を刺されるとは。 「いや、クラスメイトだし。先生も焦ってたから。」 篠崎さんは軽く頭を下げて立ち上がった。 「ゆうき。行こ。」 そういうと2人は教室を出て行ってしまった。 俺の目の前を通った2人からは同じ匂いがした。 微かに残ったシャンプーの香りと土の香り。 同じ場所にいたのだろうか… 起こっていることが全て突然すぎて頭が回らない。 しばらく立ち尽くしてしまった。 とにかく、叔父さんに連絡しないと。 2人が現れたことをメールで伝えるとすぐに返信が返ってきた。 "尾崎は戻ってきていない。2人から目を離すな。" この文章を読んで脳裏に嫌な予測が浮かんだ。 まさか… 急いで2人を追う。 あの2人がいるとすれば屋上だろう。 階段を駆け上がる。 屋上へ向かう階段には2人の香りが残っていた。 屋上にいる! 息を潜め静かに扉を開ける。 ドアの隙間から屋上を覗いたが2人の姿はなかった。 香りは確かにここに向かっていたのにどうして… 屋上に出て風が吹いていないか確かめる。 いつも風が吹き荒れている屋上は水を打ったように静かだった。 香りの道筋は真っ直ぐに屋上のフェンスへと向かっていた。 屋上の丁度真ん中あたりで香りがプツリと途絶えている。 2人の香りの代わりに金属の匂いが上へと向かって伸びていた。 目を凝らし遠くを見ると微かだがヘリが見える。 「嘘だろ?なんなんだよ…」 途端に吹き上げた風は俺を校舎へと押し戻すように胸を叩いた。 見えない力がこれ以上立ち入るなと俺に警告しているようだった。 風に押し流されるように屋上の扉へと向かうと扉の前に何か落ちている。 「封筒?」 俺の目にとまるように黒い封筒が落ちている。 中身を確認すると手紙が入ってた。 コレは俺が勝手に見ていいものなのか… 不安にかられた両足は自然とおじさんの事務所へと歩を進める。 終業式のことなんて頭になかった。 事務所へ向かう途中何度も中身を読もうとしては閉じ、空を仰いだ。 彼女の虹彩に光が射したような色の空は痛かった。 アスファルトに染み付いた雨を炙ったような匂いは鼻腔の奥に残ったイチジクの香りを際立たせる。 昔からものに触れた時や人の感情、言葉からは何かしらの香りがした。 ソレが匂いになった時は俺自身の頭が現場に追いつけなくなった時。 どうすれば…
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