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やって来ない、来ない郵便屋さん
新年初めての寿の仕事は郵便受けに年賀状を取りに行くことだ。去年まではお姉ちゃんがその役目をになっていたが、小学生になる今年から寿の仕事になった。
うれしくてうれしくて寿は誰よりも早きして玄関の外に出た。門松が飾ってある門の前に出て郵便屋さんを待つ。郵便屋さんはいつも七時に手紙を届けてくれるのを寿は知っていた。だから六時に起きたのだ。
元旦の朝は寒い。寿はパジャマの腕をぎゅっと胸に抱きながら足踏みして待った。町がだんだん明るくなって、しんと静かなのにどこか華やいだ空気が満ちてきた。
「寿! なにしてるの!」
家の中からママが出てきて目を丸くして寿のそばに駆け寄った。
「郵便屋さん待ってる」
「寒いんだから中に入って待ちなさい」
「いやだ、ここで待ってる」
しばらくママと寿は言い合いをしたが、がんこな寿にママが折れた。ママはコートと手袋を持ってくると寿に着せて家の中に戻っていった。
「寿、なにしてんの」
お姉ちゃんが出てきて地面にしゃがんでいる寿の顔を覗き込んだ。
「郵便屋さん待ってる。七時に来るから」
「ばーか、もう七時半だよ」
寿は驚いて飛び上がった。
「うそ!」
「本当。今日は郵便屋さん、配達するの忘れてるのかもね~」
「忘れないもん!」
にやにやするお姉ちゃんのお腹を、寿はどん、と押した。
お姉ちゃんは怒ってしまって、お正月は郵便配達の時間がいつもと違うということを寿に教えてあげるのをやめた。怖い顔をして寿の肩をつつく。
「じゃあ、なんで来ないのよ」
寿は涙ぐんで洟をすすりあげながらお姉ちゃんをにらんだ。お姉ちゃんはべー、と舌を出して家に入っていった。
「忘れないもん……」
つぶやいた寿はしょんぼりと地面を見おろした。涙がこぼれて地面に落ちた。その時、道の向こうからバイクの音が聞こえてきた。パッと顔を上げると郵便屋さんの赤いバイクが見えた。寿は大きく手を振った。
郵便屋さんは門松の隣にバイクを止めると、ハガキの束を寿の手に渡してくれた。
「郵便屋さん、うちのこと忘れてなくてよかった」
「忘れないよ。ちゃんと配達に来ただろう」
「でも、今日は遅刻した」
郵便屋さんはしゃがみ込むと寿の頭をぐりぐりと撫でた。
「待たせてごめんね。年賀状が重くってバイクが早く走ってくれなかったんだ」
寿は手に持ったハガキの束の重さを感じて、納得してうなずいた。
「じゃあ、うちの手紙のぶん軽くなったから、もう早く走れるね」
「そうだね。大急ぎで配達するよ」
郵便屋さんは手を振ってバイクにまたがると、ぶーんとスピードを上げて走っていった。
寿はハガキを持って家に入った。家の中を回って家族に一枚ずつハガキを配達していった。最後にお姉ちゃんのところに行くと、お姉ちゃんはほっぺたを膨らませていた。
「なんで私が最後なのよ」
寿は笑顔でお姉ちゃんにハガキを差し出した。
「一番最後だからオマケ付きだよ」
「オマケ?」
お姉ちゃんがハガキをめくっていくと、大好きな嵐の写真が載った郵便局からの年賀状が混ざっていた。お姉ちゃんはにんまりと笑った。
「あんた、配達うまいじゃない」
「僕、大きくなったら郵便屋さんになるんだ」
お姉ちゃんは「いいんじゃない?」と言ってハガキを大事に机にしまった。
寿は郵便配達が成功して、やっぱり僕は郵便屋さんに向いていると胸を張って初仕事を終えた。
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