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彼は幼い頃から病弱だった。
商家の次男に生まれたものの、身体のせいで店に出ることはなかった。
そんな次男を両親は心配していたが時が経つにつれて、彼が良く絵を描くことに気がつく。
その絵が年齢の割には上出来で、これは才能があるやも知れぬと両親はとある絵師の弟子にさせるべく門を叩いた。
当時、売れっ子であったその絵師は両親と知り合いであったため、弟子入りを快く承諾する。
こうして、彼ー月次郎ーはその絵師に弟子入りする事となった。
「月次郎は上達するのが早いって勘さんが言ってたぜ」
仕事場で兄弟子である正吾が道具を揃えながら、そんな事を言ってきた。
「あの気難しい勘さんに褒められるなんて、すげえや。オレなんかいっつも話にもならんって言われちまうのに」
3歳年上である正吾がここに来たのは、月次郎が弟子入りする1年前。
絵が大好きで絵師になりたいと意気込んで自分から門を叩いたという。
庭から朝日が燦々と降り注ぐ。今日もいい天気になりそうだ。
「…正吾兄さんの方が勢いある絵を描かれるじゃあないですか。私は師匠からよくお小言を貰いますよ」
筆を手入れしながら、月次郎がそう言うと正吾はゴロンと横になる。
「雑だって言われんだよなあ…でもこないだ、ヨシさんには褒められた」
「ヨシさんか…、あの人は面白い人ですね」
猫好きのヨシさんは自分たちの豊師匠の「弟分」だ。
いわば大師匠がいて、豊師匠、ヨシさん、月次郎たちがいる。
仕事場が分かれているため、たまにふらりと来ては自分たちの絵を見てくれる。
師匠に比べると絵師としての人気はないが人望があり、弟子たちからの人気も高い。
「勘さんもうちの師匠の細かい指示にウンザリするって言ってたぜ。あんなに色指定が細かいのは師匠くらいだって」
勘さんは摺師で色んな絵師の癖を見抜いているベテランだ。
※摺師…紙に一色ずつ印刷して摺る職人
「あーあ、もっとたくさん描きたいなあ」
「そんな事はもう少しマシになって言うもんだ、正吾」
頭の上から声がして、正吾が慌てて飛び起きた。
そこには師匠が立っている。
「手入れを怠ってる奴は、上手く書けねえよ。さあさっさと起きやがれ」
「ひー」
叩き起こされて正吾は逃げるように洗い場へ駆けていく。
こんな調子の正吾は、誰にでも好かれていた。
月次郎は微笑みながら太陽の方を向く。
少しだけ、眩暈を感じた。
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