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弟分のヨシに物を届けてやって欲しいと豊師匠に月次郎は頼まれた。
師匠に言われて紫の風呂敷に包まれた版木を受け取る。
ヨシの仕事場に行くのは初めてだと考えながら歩く。
繊細な美人画や役者絵を得意として売れっ子になっている師匠。一方のヨシはなかなか芽が出ない。
そんなヨシの作品を確りと観たことがなかった。
(折角だし、見せてもらうか)
そうしたら自分の描きたいものが少し、分かるかもしれない。
「わざわざ悪かったナァ、忘れもん届けてもらっちまって」
派手などてらを羽織ったヨシは豪快に笑う。
「あぁ、絵ならその辺り転がってるさ。勝手に見とくれ」
ヨシは茶を淹れるからと奥に行った。
今日は休みの日なので弟子達がおらず月次郎は決して広くない仕事場をのぞきこんでいた。
無造作に投げられていた紙を手に取る。
それを目にした瞬間、どきりとした。
手にした絵は今にも動きそうな武者絵。
獰猛な眼をした荒くれ者が異形の者と対峙しているその様は、今までに見たことのない迫力だ。
下絵の段階でこれなら仕上がりはさぞかしの出来上がりだ。
師匠の繊細な作風と違い、この荒々しい作風と構図。
(此れは…)
間違いなく売れる。
下手したら師匠をも凌ぐのではないか。
月次郎は絵を見ながら呆然としていた。
繊細な作風を継ぎつつこのような獰猛さを兼ね備えた絵を描きたい。
「そりゃあ、自信作よ」
背後から声をかけられ驚く月次郎。
茶を置きながらヨシはキラキラした眼をして作品に語りかけた。
「もっともっと色んなものを描きたい。お前も絵師の端くれならそうだろう?」
(ああ…)
この時、月次郎は一瞬にして悟る。
この人についていきたい。
絵を学びたい、と。
兄弟子である師匠よりもこの人に学びたい。
しかし師匠の「鞍替え」は裏切りだ。
月次郎は帰路につき、それから数日塞ぎがちになっていた。
正吾も他の仲間たちもたいそう心配して、理由を聞こうにも月次郎は答えなかった。
そんな中、とある騒動が月次郎の運命をかえる。
師匠とヨシとの絶縁騒動だ。
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