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しかし、いくら気合いで乗りきろうにも病は病。
今でも時々胸元をさする航基を気遣う気配を漂わせる和馬の前ではなるべく何でもない振りをしようとするのに上手く行かず。
なるべく気丈な態度を見せるべくノートを自分の机の中から勢い良く取り出した航基は、
「あった、あった!」
と言いながら教室ので入り口付近で待っていた和馬の元へ駆け寄ろうとして――自分の机の脚に爪先をとられ、躓いてしまった。
当然、体勢を整えようとしたその手からノートがすっぽ抜け、そんな航基を心配した和馬が、慌てて駆け寄り――…
人目に触れることのないよう、こっそりひっそりと綴られたはずのそのラブレターは。
突如起こったアクシデントにより、二人の眼前で披露されることとなったのだった。
「…一体、誰が書いたんだろうな」
「って言うか…オレのジェットストリームぅ~…」
「あ~…ハイハイ」
悩ましい声を出し、泣き真似をする航基にとっては、男からラブレターを贈られた事実より、インクの残量が芳しくなかった、愛用のボールペンを使用されたことに対するガッカリ感の方が感情のバロメータを大きく左右したらしい。
――…今から、少し前。
『ないっ! あったはずなのにっ…ないっ!』
と、学生が使うにはちとお値段の張るボールペンの残量を気にしながら大事に使っていた航基は、あるはずのインクがたった一日でなくなってしまったと騒いでいるのを見たクラスメートたちは、航基の
『勘違い』
と言って、ろくに取り合わなかった事象がそうではなかったことが今、二人の目の前で証明された事実を己れの目で確認し。
「……」
二人して、暫し声を失くしたのだった。
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