プロローグ〈清美〉

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プロローグ〈清美〉

空が高い。 飛鳥の夏休みが終わって、二学期が始まってから一週間が経った。 ベランダで洗濯物を干し終わったあと、ぼんやりと夏とは違う空を見ていた。空の高さだけでなく、この時間の体感温度ももう夏とは違う。 夏と秋の間の残酷な季節。 ぼんやりと空を眺めていたとき、エプロンのポケットに入れたスマホのアラームがピピと音を出す。 飛鳥を起こす時間。 モゴモゴと口を動かしながら、 「明日の社会の時間にグループ発表をするから、放課後みんなで練習することになってるの。だから今日は部活ないけど遅くなるからね」 飛鳥の言った言葉にほっとしながら、 「暗くなる前に帰れるの?」 と聞いた。 「マユちゃんと帰ってくるから大丈夫。マユちゃんは部活あるから」 立ち上がってミルクを飲んだ飛鳥は、「ごちそうさま」と言いながら、テーブルの上のお弁当を鞄に入れる。 「プチトマト入ってる?」 「入ってるわよ」 「サンキュー!リコピンリコピン、いってきます!」 弾むように言って玄関へと走り出る彼女の背中を見ながら、またほっとしている。 嘘ではない。9月になったけれど、飛鳥が楽しげに学校に行くのは嘘ではない。 「いってらっしゃい、車に気をつけるのよ!」 振り返らずに玄関を飛び出して行く背中に、彼女が小学生の頃から変わらない言葉をかける。 『いってらっしゃい』という言葉は、『おかえりなさい』を言うためにある。 遥か昔になったあの頃のことを思い出していた。 中学2年、9月、二学期の始まり。 私にとって忘れることができない事ごとが起こった時。 あれは手紙ということができるものなんだろうか? でも、間違いなく私を救ってくれたものだ。 あの言葉がなければ、私は今、ここにいない。 飛鳥もこの世界に存在していない。
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